加賀藩の第五代藩主前田綱紀の時代に、京都から招かれた人形職人が制作した御所人形の流れを汲んでいる[4]。加賀人形の特徴である獅子頭や纏等を持つ姿が確立されたのは大正時代という[5]。その後、昭和に入り、大橋治三郎(初代晃山)が加賀人形を広めたとされる[6]。初代晃山は加賀人形を工芸作品として世に広めたが、商品として本格的に販売されるようになったのは子の大橋一永(二代目晃山)の時代という[7]。最盛期は昭和30年から40年代で[8]、加賀人形を制作する職人は多いときには約50人いたが、2009年5月時点で6人まで減少している[6]。