努理使主 応神朝に帰化した百済の人物 From Wikipedia, the free encyclopedia 努理使主(ぬり の おみ、生没年不詳)は、応神朝に帰化した百済の人物[1]。応神朝に帰化した百済からの渡来人であるが、さらに先祖を遡ると、中国周人であるとする説がある[2]。怒理使主、乃里使主とも。 概要 『新撰姓氏録』左京諸蕃に名前のある「調連(つきのむらじ)」は、努理使主の子孫である。『新撰姓氏録』左京諸蕃によると、努理使主の子孫が蚕を飼い機を織り、絁や絹などを顕宗天皇に献上したため、調首の姓を賜った、とある[1]。 『新撰姓氏録』によると、山城国の民首、水海連、伊部造も努理使主の子孫とされる。 脚注 [1]伊藤智夫『絹 I』法政大学出版局、1992年6月1日、79頁。ISBN 4588206818。 [2]太田亮『姓氏家系大辞典』国民社〈第4巻〉、1942年、177頁。doi:10.11501/1123910。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1123910/177。 Related Articles