労働者協同組合
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定義
労働者協同組合を何と定義するかについては多様な見解がある。CICOPAは、2005年9月に国際協同組合同盟総会で承認された『労働者協同組合世界宣言』で8ページにわたり定義している。以下は基本的特性の節である:
- 持続可能な雇用の創出・維持と富の創出を目的とし、労働者=組合員の生活の質を改善し、人間の労働の尊厳を高め、労働者の民主的自主管理を可能にし、地域社会・地域開発を促進する。
- 自由かつ自発的な加入により、成員は自身の労働と経済的資源をもって貢献するが、これは職場の存在を条件とする。
- 一般原則として、労働は組合員によって行われる。 これは、特定の労働者協同組合において労働者の多数が組合員であり、その逆もまた真であることを意味する。
- 労働者=組合員と協同組合の関係は、伝統的な賃金労働や個人の自営とは異なるものと見なされる。
- 内部規則は、労働者=組合員が民主的に合意・受容した制度によって公式に定義される。
- 国家や第三者に対して自律・自立し、労使関係・経営、および生産手段の使用・管理において独立である。[1]
普遍的合意のある定義こそないが、労働者協同組合は、労働者が組合員(労働者=所有者)である営利事業(製品やサービスを販売)と見なせる。労働者=所有者は事業で働き、統治し、管理する。従来企業と異なり、所有権と意思決定権は労働者=所有者に専属し、最終的権限は労働者=所有者全体にある。労働者=所有者は、協同組合の資源と労働過程(賃金・労働時間など)を支配する。[2]
前述のとおり、特定の労働者協同組合では労働者の大多数(場合によっては全員)が労働者=所有者だが、臨時・賃金労働者を雇用することもあり、利益や意思決定が必ずしも平等に共有されるとは限らない。3〜6か月などの試用・選考期間を経て完全な投票権を付与することも多い。[2]
一人一票の原則に基づき、保有持分や出資額にかかわらず投票権は全組合員に等しく与えられる。投資額や利用分量は投票権と結びつかず、労働者=所有者のみが自分たちに関わる意思決定に投票できる。実務上、労働者協同組合は多様な利害の調整が必要で、労働組合[3]、地方公共団体[4]、相対的に多くの労働を投下した者の利害に配慮したり、個人所有と集団所有の混合など様々な発言権・投票権の設計を試みてきた。[5]
理論家・実務家が指摘するように、労働者協同組合では資本より労働を上位に置くことが重要である。実際、アダムス・他は労働者協同組合を資本主義ではなく労働主義と捉える
それでも近年の協同組合運動の展開は、マルチステークホルダー的視点を明確に志向し始めており、投資・利益配分の権利と統制権を切り分けるモデル規約の策定が繰り返し試みられている。[6]
要するに労働者協同組合は、外部投資家ではなく労働者=所有者の必要に奉仕し、利益・損失を労働者=所有者にもたらすように組織される。この労働者主導の志向が、彼らを他の企業体と本質的に異ならせる。さらに構造的特性や指導原則も、他のビジネスモデルとの差異を強調する。たとえば、利益最大化を唯一・最善の目標とは見なさず、ロッチデール原則に従う場合がある。また、フラットな管理構造とより平等主義的な理念は、職場の問題解決においてより多くの選択肢と自由を労働者に与えることが多い。[7]
労働者協同組合の利益(または損失)は労働者=所有者間で分配される。給与格差の比率は一般に低く、理想的には「比例性・外部連帯・内部連帯の原則」に導かれるべきだとされる。[2]
他の組織形態との比較
資本が労働を支配する企業や、国家が労働と資本の双方を支配する企業とでは、目的と手段に顕著な違いがある。これらの相違は、商業の本質的要素(目的、組織、所有、統制、資本の調達源、利益の配分、配当、運営慣行、税制など)で測ると容易に見て取れる。以下の表は、資本主義、国有、そして労働者協同組合の商業的要素を比較したものであり、米国の法規に基づいている。[2]
| 区分 | 営利株式会社 | 国有企業 | 労働者協同組合 |
|---|---|---|---|
| 目的 | ・所有者=投資家のために利益を稼ぎ、株式価値を高める。 | ・公共のために財やサービスを提供する。資源を保有・管理する。 | ・所有者=組合員のための価値を最大化する |
| 組織 | ・株主が主体 ・各国の会社法に基づき設立 | ・国家が主体 ・公的機関の認可により設立 | ・労働者=組合員が主体 ・各国の法律に基づき設立 |
| 所有 | ・株主 | ・国家 | ・労働者=組合員 |
| 支配 | ・株主による支配 ・方針は株主または取締役会が決定 | ・国家による支配 ・方針は政府計画当局が決定 | ・労働者=組合員による統制 ・方針は組合員が選ぶ理事または組合員の総会が決定 |
| 資本調達 | ・投資家・銀行・年金基金・一般から ・子会社の利益や利益留保から | ・国家 | ・組合員または無議決の貸し手から ・純余剰の一部を再投資へ留保 |
| 余剰配分 | ・保有株式数に応じ株主に配分 | ・国家へ | ・準備金積立・共同口座拠出の後、組合員に配分 |
| 配当 | ・上限なし[8](所有者/取締役会が決定) | ・なし | ・政策で定める利子相当の上限 |
| 管理手法 | ・所有者/経営者が生産計画・賃金・労働時間を設定(場合により労組参加) | ・管理者が生産計画・賃金・労働時間を設定(場合により労組参加) ・労働法・団体交渉で労働条件決定 | ・理事・理事会または組合員の総会を通じて労働者が生産計画を設定 ・労働法に加え、組合員の総会やメンバーと管理者の内部対話で労働条件を決定 |
| 法人税 | ・通常の課税 | ・なし | ・特別な税制の場合もある |
内部構造
直接統治が行われる場合、すべての組合員が定期的に集まり、協同組合の運営方法に関する意思決定(投票)を行う。直接型の労働者協同組合では、意思決定に合意形成方式を用いることがある。[9]
直接的な労働者支配は、ヒエラルキー型ではないフラットな管理構造をもたらす。この構造は活動家団体や市民組織の影響を受けており、すべての組合員が管理者的役割を担うことが許され、期待される。この種の構造は、無政府主義、リバタリアン社会主義、分配主義(英語版)、参加型経済などの政治的目的と結び付けられることがある。[10][11][12]
一部の労働者協同組合では、ジョブ・ローテーションを実践し、権力の不均衡を克服するとともに、労働者が職場のさまざまな職務を経験して全体に関わる意思決定をより適切に行えるようにしている。これは、スマ食品(英語版)のように300人規模の労働力でも持続可能であることが示されている。[13]
労働者コレクティブ
労働者コレクティブという語は、恒常的な管理者職などのヒエラルキーを設けずに運営される労働者協同組合を指すのに用いられることがある。[14]
共同所有
定義
共同所有の原則は、1976年のイギリス産業共同所有法において成文化され、同法は「共同所有企業」を次のように定義する:
登録官が、以下の条件を満たしている旨の証明書を与え、かつ取り消していない団体:
- (a) 当該団体が
- (i) 無額面株式を有し保証有限責任である真正の協同組合たる会社、または
- (ii) 2014年協同組合およびコミュニティ利益組合法の意味する登録組合であり、
- (b) 当該団体の定款または規則が次の事項を確保する規定を含むこと:
- (i) 当該団体またはその子会社に雇用される者のみが組合員になり得ること、(ときに年齢・勤続年数その他の政治・宗教に依拠しない条件による資格規定が定められることを妨げず)かかる者はすべて組合員になり得ること、ならびに組合員が会議で等しい投票権を有すること。
- (ii) 当該団体の資産は当該団体の目的のためにのみ用いられ、組合員への資産の移転は対価がある場合および組合員間の利益分配の取り決めに従う場合を除き行われないこと。
- (iii) 清算または解散に際し、負債弁済後に残余資産がある場合、当該資産は組合員間で分配されず、共同所有企業または共同所有企業のために維持される中央基金に、組合員が清算・解散の時点までに定めるところにより移転されるか、かかる移転がなされない限度で慈善目的に留保されること。
- (c) 当該団体が、当該団体に勤務する者の過半および当該団体の子会社に勤務する者の過半によって統制されること。
この原則は通常、会社の定款や産業・共済組合の規則に以下の2条項を挿入して実装される:
- 資産は目的達成のためにのみ充当され、組合員や受託者間で分配しない。
- 「利他的解散」=「資産ロック」:企業が解散される場合、負債超過分の残余資産は組合員に分配せず、同様の目的を持つ他企業や慈善団体へ移転する。
事例
労働者協同組合運動の初期に大きな影響を与えたのが、ノーサンプトンシャー州ウェリンバラのスコット・ベーダー・公有企業(複合材・特殊ポリマーの化学メーカー)で、オーナーのアーネスト・ベーダーが1950年代後半〜60年代初頭に段階的に従業員へ会社を贈与した。1990年代初頭以降は年商1億ポンド超、従業員は数百人に及ぶ。[15]
ロンドンでは、カルバーツが賃金平等原則を持つ成熟した労働者協同組合の例である。[16]共有運動から生まれた成功例としては、ウェスト・ヨークシャー州エランドのスマ食品が挙げられる。
日本における労働者協同組合
日本における労働者協同組合は、当初は企業組合や特定非営利活動法人(NPO法人)などの形態をとっていたが、これらの形態では設立手続きの煩雑さの問題があった。企業組合では設立に都道府県知事の認可が必要とされ、NPO法人では都道府県知事の認証が必要であるとともに、事業が観光・福祉等の20分野に制限されるという制約があった。かといって任意団体では対外的な信用に劣るという難点があった。
またワーカーズ・コレクティブでは従事者の労働者性について法的な位置づけが不明瞭となる問題点もあり、「企業組合ワーカーズ・コレクティブ轍・東村山事件」では、同組合の従事者が労働基準法が適用される「労働者」には該当しないと判断された判例(東京地裁立川支判平成30年9月25日。最高裁で確定)もあった。
こうした問題点を克服し「労働者協同組合」という組織形態を法的に定義するため、超党派の議員連盟が労働者協同組合法案を第201回国会に提出[17]、継続審議の末、第203回国会において、衆参両院で全会一致で可決、成立し[18]、2022年(令和4年)10月1日に施行された。
また、2022年(令和4年)の労働者協同組合法では「特定労働者協同組合」[注釈 1]が新設された[19]。労働者協同組合のうち非営利性を徹底した組合を都道府県知事が認定し(同法第94条の2)[19]、認定には法により基準が定められ(同法第94条の3)[19]、認定を受けた特定労働者協同組合に対しては税制上の措置が講じられる[19]。厚生労働省の集計によると、2025(令和7年)10月1日現在で36都道府県で168法人が設立され、このうち13法人が特定労働者協同組合の認定を受けたとされている[20]。
日本の労働者協同組合法では、メンバー全員が「出資・経営・働き手」の役割を担うこと[21]、働く者が「労働者」として明確に位置づけられたことが大きな特徴とされる。
NHKの報道によれば2023年4月現在、日本の労働者協同組合の事業運営に充てる出資金は、1人あたり1万円から5万円に設定されている組合が多い[22]。
- 日本の労働者協同組合の全国団体
- 日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会
- ワーカーズ・コレクティブネットワークジャパン (WNJ)[23]
歴史
労働者協同組合は産業革命のさなか、労働運動の一部として台頭した。雇用が工業へ移り、職域が縮小する中で、労働者は自ら事業を組織して管理し始めた。労働者協同組合はもともと、「産業資本主義と産業革命の行き過ぎへの批判的反応」に刺激され、最初の労働者所有・管理の企業は1760年のイングランドに現れた。[2]一部の労働者協同組合は、「放縦な資本主義の弊害や賃金労働の不安定に対処する」ために設計された。[2]
協同組合運動を支えた思想は、ロバート・オウエンやシャルル・フーリエら社会主義思想家の著作に淵源を持つ。多くの人びとが協同組合運動の父と見なすロバート・オウエンは、綿業で財を成しつつも、労働者とその子どもたちが教育へアクセスできる良好な環境を与えるべきだと信じた。これらの理念はスコットランド・ニューラナークの綿工場で成功裏に実行され、最初の協同組合店舗もここで開かれた。成功に後押しされ、彼は「協同の村」(労働者が自ら食料を栽培し衣服を作って自律的に統治し、貧困から抜け出す)の構想を抱いた。彼はスコットランドのオービストンと米国インディアナ州ニュー・ハーモニーでそのようなコミュニティの形成を試みたが、いずれも失敗に終わった。[24][25][26]
19世紀初頭にも同様の試みが行われ、1830年頃には数百の協同組合が存在した。[27]ウィリアム・キング(英語版)医師は、オウエンの思想をより実践的・実行可能なものにした。彼は小さく始めようと考え、労働者階級が自ら協同組合を設立する必要があると認識し、自身は指導の役割を担うと考えた。彼は月刊誌『協同者』[28]を創刊し、1828年5月1日に第1号を発行した。誌面では、協同の哲学と、協同原則で店を運営する実務的助言が併置された。
近代
最初に成功した協同組合は、消費者所有のロッチデール先駆者協同組合で、1844年にイングランドで設立された。ロッチデール先駆者たちは、自らの協同組合の運営原理として「ロッチデール原則」を確立し、これは近代協同組合運動の発展と成長の基礎となった。[29]産業革命の機械化が多くの熟練労働者を貧困へと追いやる中、これらの職人は結束して、通常は手が出なかった食料品を販売する自前の店を開いた。[30]
以前の協同の試みが失敗した教訓を踏まえ、彼らは今日でも名高いロッチデール原則を設計した。4か月にわたり一人1ポンドずつ拠出して合計28ポンドの資本を積み上げ、1844年12月21日、バター・砂糖・小麦粉・オートミール・数本のろうそくだけというごくささやかな品揃えで店を開いた。3か月以内に紅茶とタバコを加えるまでに拡充し、やがて高品質で混ぜ物のない純正品の提供で知られるようになった。[31][32][33]
1880年までに約200の協同組合が英国で創設されたが、多くは短命で、1975年までに存続していたのは19に過ぎなかった。[34]
労働者協同組合を代表する国際組織はCICOPA(英語版)で、地域組織として欧州CICOPAとアメリカCICOPAの2団体がある。
現代
1960年代に現在の協同組合運動が再浮上した際、多くは共同所有の新たな仕組みで発展した。ここでは、株式が平等な議決権の象徴として発行される。通常、組合員は一人一株しか保有できないようにして平等主義を保つ。取締役候補者は試用期間を経て評価され、伝統的な意味での「所有」なしに協同組合の運営権限を与えられることがある。英国ではこの仕組みは共有制として知られる。[35]
英国では、労働者協同組合は伝統的に生産者協同組合と呼ばれ、消費者協同組合や農業協同組合に比べ存在感は小さく、全国組織である協同組合連合内の一部門を構成していたが、1971年に産業共同所有運動(英語版)を単独で設立した。しかし、2001年には協同組合連合に吸収され、後継組織のイギリス協同組合連盟(英語版)が発足した際にその一角となった。[36]
2006年以降、イギリス協同組合連盟の労働者協同組合委員会は、労働者協同組合規則を作成・改訂している。これは、「労働者協同組合の組合員として、協同で何を求め、達成すべきか」を定める小冊子である。[37]
2018年、グーグルは5つの労働者所有のパイロット協同組合と協働して、プラットフォーム協同組合(英語版)開発キットに100万ドルの助成を発表した。[38]
伝統的企業との比較
労働者協同組合と伝統的企業の生産性に関する証拠は、地域や産業によってまちまちである。労働者協同組合は一般に、投資家所有企業より競争力・収益性が低く、その結果成長率も抑えられる傾向がある。[39]一方、農業では協同組合のほうが生産的である傾向が見られる。[40]ポルトガルでは、どの産業でも投資家所有企業に比べて協同組合の効率は著しく低いか同程度であり、上回ることはない。[41]
協同組合は概してリスク回避的で、そのため持続可能性が高く、景気後退に対するレジリエンスも非常に強いが、収益性と革新性は低めである。一般に協同組合は雇用柔軟性が低く、雇用者数を変えるよりも賃金の調整を選好する。この結果、協同組合では投資家所有企業より賃金が14%低い一方で、賃金の変動は大きく、雇用の変動は小さい。さらに、協同組合の賃金制度はより平等主義的で、賃金が一律(ただし常にではない)になる場合がある。この制度は競争力を下げ、業績に見合う高い報酬を得られない有能な労働者を遠ざけることがある。
ファライエ・他の研究は次のように結論づけた。「(協同組合は)価値最大化からの乖離が大きく、長期資産への投資が少なく、リスクをあまり取らず、成長が遅く、新規雇用の創出が少なく、労働生産性と全要素生産性が低い。」 協同組合と伝統的企業における労働者の満足度の比較はやや混在しているが、協同組合に有利な傾向が見られる。[42]
研究
存続とレジリエンス
ウルグアイの1997〜2009年の全企業を分析すると、労働者協同組合は(産業などの変数を統制した後でも)倒産確率が29%低い。[43]イタリアでは、倒産の危機や売却に直面した企業を労働者が買い取って設立した労働者協同組合の3年生存率は87%で、全企業の48%に比べて高い。[44]2012年のスペインとフランスの労働者協同組合に関する研究は、「経済危機には従来企業より強固であった」とした。[45]フランスでは、労働者協同組合の3年生存率は80〜90%で、全企業の66%を上回る。[46]2008年の経済危機の際、フランスの労働者所有協同組合における就業者数は4.2%増加したのに対し、他の企業では0.7%減だった。[47]英国では、協同組合の創業から5年の生存率は76%に達し、他の企業形態(42%)よりもはるかに高い。[48][49]
賃金と雇用の安定性
2006年の研究によれば、イタリアの協同組合の賃金水準は資本家所有企業より15〜16%低く、賃金はより変動的である一方、雇用はより安定していた。学歴・年齢・性別・職種・産業・地域・企業規模・資本コスト・固定費・実質売上の乖離などを統制すると、この差は14%になった。著者らはその理由として、協同組合が景気後退時にレイオフではなく賃下げを選びがちであること、あるいは協同組合の労働者が低賃金を受け入れやすいことを挙げる。[50]ウルグアイの全企業を対象にした別研究では、産業・企業規模・性別・年齢・勤続などを統制したうえで、労働者管理企業に雇用される労働者は類似の従来企業の労働者より賃金が3%高いことが示された。ただし賃金が高くなるほどプレミアムは縮小し、上位所得層では負となる。[51]ヴァージニー・ペロティンの、20年分の国際データに基づく研究は、賃金の柔軟性と雇用の安定性の高さが、協同組合の賃金が従来企業より高いという結果と低いという結果の両方が観察される理由を説明するとする。[52]民主協同組合の研究は、米国で労働者協同組合が労働者の所得を70〜80%増加させ得ると報告した。[53]
賃金格差
世界最大の労働者協同組合であるモンドラゴン協同組合企業(スペイン)では、2018年の最低賃金者と最高賃金者の賃金比は1:9で、この賃金は労働者=組合員の民主的投票で決定される。[54]フランスでは、従業員の上位10%と下位10%の賃金の比が、協同組合のほうが類似の従来企業より14%低い。[55]
生産性
ペロティンの20年分の国際データに基づく研究によれば、労働者協同組合は従来企業より生産的である。[52]1987年のイタリア・英国・フランスの労働者協同組合に関する研究も、生産性との正の関係を見出し、また規模拡大によって生産性が低下しないことを示した。1995年に米国ワシントン州の木材産業で行われた研究では、「協同組合は主要な従来企業より6〜14%効率的」であった。[56]
満足・信頼・健康・コミットメント
イタリア・トレント県の住民アンケートに基づく研究は、労働者協同組合だけが従業員間の社会的信頼を醸成する企業形態だと示唆する。[57]韓国のソウルで行われた調査では、従来企業では業務負荷が増すほど従業員のコミットメントが低下するが、労働者協同組合ではその傾向が見られなかった。[58]米国では、在宅医療補助員は労働者協同組合に所属する場合、他機関より仕事満足が有意に高い。[59]2013年の在宅介護労働者の研究も、「労働者所有で参加型意思決定の組織に所属する在宅医療補助員は他機関より仕事満足が有意に高い」とした。[59]1995年の米国の研究は、「職場の意思決定への影響力と参加の拡大を受け入れる従業員は、より高い仕事満足を報告する」と示し[60]、2011年のフランスの研究は、労働者所有企業が労働者の仕事満足に正の効果を持つとした。[61]2019年の研究は、「労働者の幸福への影響は一般にポジティブ」だと示す。[62]
環境
1995年に『環境経済学』誌(英語版)に掲載された分析は、「協同組合は自然資源の投入に際し効率的利用に向かい、企業よりも成長志向が弱くなる傾向がある」と示唆する。[63]
資金調達
内部資本口座・組合員出資
内部資本口座は、組合員に等しくかつ専属的に割り当てられる資本持分で[64]、組合への強制的初期出資として機能し、利息という形で時間とともに金融利益を生む。[64]多くの場合、年俸等の一定期間の賃金額に相当する定率のリターンが付くが、協同組合の損益に直接連動しない。[65]
低所得コミュニティの協同組合では、国際協同組合同盟の組合員出資要件を満たせるよう寄付を募ることがあり[66]、この手法は財務安定の維持に高い成功率を示している。[66]協同組合が利益を配分する際、その相当部分がこれら資本口座を通じて労働者に還元される。
モンドラゴンでは10–20–70方式(10%を地域開発・インフラ、20%を企業準備金、70%を個人資本口座)を採用する。[67]ムンバイ弁当配達人協会のように、組合員出資によって外部投資に依存しない完全な資金自立を実現する例もある。[68]
コミット資本・優先株
コミット資本(優先株)は、協同組合外の適格投資家に提供される持分である。[64]労働者の所有・統治を守るため、外部投資家の議決権は制限(または無権利)される。[69]利回りは非保証が一般的だが[64]、米国の労働者協同組合イコールエクスチェンジ(英語版)は、景気後退期でも年5%の利回りを確保する優先株を提供している。[45][64]
協同組合の共同所有モデルは投資家にとって信用力の判定を難しくするため、投資家は組織構造・経営・経験を詳細に吟味して投資先を選ぶことが多い。[66]
公的資金
多くの国で、政府は労働者協同組合・地域開発・地域投資に対し貸付や直接資金を提供する。特に創業期の協同組合にとって重要である。[66]
スペイン(バスク自治政府)は、モンドラゴン協同組合企業や同グループの教育・医療プログラムを資金面で支援し[67]、衰退企業の買収・協同組合化にも助成する。[67]
インド政府も新設協同組合に貸付中心の資金供給を行い、ケーララ州政府[70]やカーディ開発・農村産業委員会(英語版)[68]が初期ローンを供与して、最終的には国際協同組合同盟が中心の資金運営へ移行できるよう支援する。
英国では1978年に国立協同組合開発局を設立し、その後、共同所有が雇用創出モデルとして推進され、約100の地方自治体が協同組合開発機関を設置した。[71][72]産業共同所有法は、通商産業省に対し共同所有・協同企業を支援する団体への助成金・貸付の権限を与え、産業共同所有運動やスコットランド協同組合開発委員会に助成、共同所有開発金融会社[73]を通じて貸付が行われたが、この条項は2004年に廃止された。
イタリアでは、マルコーラ法(1985/2001改正)により長期投資の仕組みを整備し、労働者協同組合、社会的協同組合、事業承継[74]や事業再生のための労働者による買収を支援している。[75]当初は労働者の内部資本口座の3倍まで国家投資が可能だった[75]が、2001年以降は1:1の比率となっている。[74] カナダの労働者協同組合も政府助成に依拠して初期発展を図る。[76]助成源にはケベック地域開発センター、協同組合開発イニシアチブ、若年起業家プログラムなどがある。[76]
承継による資金調達
従来型企業のオーナーが退任し、労働者協同組合への所有転換を決めた場合、初期投資を提供することがある[69]が、これは持続的な資本供給ではないため、創業の呼び水として用い、のちに他の資金源へ移行するのが一般的である。[69]
転換プロセスはしばしば数年を要し、概ね5段階で進む。
- 売り手オーナーが転換の妥当性を評価し、助言者・従業員と新体制を協議。
- 専門家を起用し、転換の法務・財務ステップを確定。
- 転換グループまたは売り手オーナーが、新たな管理構造・業務慣行・所有政策を設計。
- 契約締結により新経営体制を成立させ、資金手当てで協同組合を始動。
- 調整期間として、新方針に関する労働者訓練を実施。[77]
外部金融機関からの投資
労働者協同組合専門の資金提供者は、協同基金やNPOバンクが中心で[64]、NPOバンクは主要資金の供給者というより、他の投資の担保や補完支援として機能する場合が多い。多くの協同組合が効率化のための設備改善のため、外部資金を活用する。[66]
フランスでは、労働者協同組合がSOCODENに資金拠出し、新興・苦境協同組合への融資、他資金の担保提供、利子補給を行っている。[75]
ダイレクト・パブリック・オファリング
ダイレクト・パブリック・オファリング(英語版)は、コミュニティや個人からのローンまたは寄付により資金を得る方法。[64]得られる議決権の取り扱いは協同組合やオファーの種類により異なる。[64]地域サービス提供型の協同組合で特に人気があり[69]、投資機会の告知は資本調達と同時に製品・成功への地域の関与を高める効率的な広告にもなる。[64]所有転換の過程にある協同組合では、退任オーナーの初期ローンを補完する資金源となることが多い。[69]
ピア・ファイナンス
多くの労働者協同組合は、余剰利益で他の新興・苦境協同組合への融資や支援ファンドを設ける。[66]これらの資金は他の資金調達の担保としても使われる。[66]
イタリアでは、大規模な協同組合連合が余剰をピア・ファイナンス基金に充て、他協同組合への金融支援のみならず、労働者訓練や協同組合研究にも投じる。[75]
フランスの労働者協同組合は、利益の一部を連合体内の他の労働者協同組合のための金融基金に拠出することが義務付けられている。[75]
経済モデル:労働者管理企業
経済学者は労働者協同組合を、伝統的企業のように資本が労働を雇うのではなく、労働が資本を雇う企業としてモデル化してきた。こうした「労働者管理企業」モデルの古典的理論貢献は、ベンジャミン・ウォードとヤロスラフ・ヴァネクによるものである。[78][79]
新古典派理論では、労働者管理企業の目的は総利益の最大化ではなく、労働者一人当たり所得の最大化である。しかしこのシナリオは、産出物価格が上昇したときに労働者を解雇して増加した利益をより少数の組合員で分け合うといった逆説的行動を含意する。[79]もっとも、そうした行動を支持する実証的証拠は乏しい。実証経済学の文献レビューはボニン、ジョーンズ、パターマンにまとめられている。[80][81]
他方で代替的行動モデルも提案されてきた。ピーター・ローは雇用と所得をともに重視する労働者管理企業を検討し[82]、アマルティア・センは労働に応じた支払いと必要に応じた支払いを論じ[83]、ジェイムズ・ミードは不平等主義的労働者管理企業の行動を分析した。[84]労働者協同組合は賃金分布が圧縮される傾向があり、それが高能力の労働者を遠ざけ、より高い賃金を求めて離脱する頭脳流出を招く恐れがある。ただし賃金圧縮の度合いが小さい協同組合ではこの影響は軽減される。[51]また、投資家所有企業からの管理職の採用は、賃金水準が低いために非常に難しいことがある。[85]
協同組合が投資家所有企業より生産的か否かに関する証拠は、地域や産業により混在している。[42][41][86]研究は、従業員所有が企業業績の改善、企業の安定性と生存率の向上、危機時のレイオフ削減に寄与し得ることを示すが、その効果は小さく平均的であり、必ずしも利益を保証しない。[87]2016年のメタ分析は、従業員所有が企業業績に小さな正の効果を持つ一方で、効率性や成長関連の成果には影響がないと結論した。[88]さらに、一部研究者は、協同組合は状況によってより高いパフォーマンスを示す場合があるものの、一般には協同組合と伝統的企業のパフォーマンスに大差はなく、平均的には同程度に生産的だと主張する。[89][41]
経済学者は、労働者協同組合が連盟や支援構造を通じて集積する現象を説明してきた。[90]大規模クラスターが見られる地域としては、スペイン・バスク地方のモンドラゴン協同組合企業の本拠モンドラゴンや、イタリアのエミリア=ロマーニャがある。連盟は協同組合の規模の経済をもたらすが、連盟が協同組合の創設を必要とし、一方で協同組合が連盟を必要とするという鶏と卵の問題が、連盟の創設数の少なさを説明する一因となる。[91]研究は、協同組合の主たる魅力が雇用の安全にあることを示唆する。特に不安定な時代には、労働者は(利害の混在や近年の労働者のより個人主義的な価値観のために)労働者所有というより安定雇用が大きな誘因となる。[92]また、協同組合が失業の解決策になり得るとの見方もあるが、研究は同意していない。[93]
イノベーションや経営能力において、労働者協同組合は伝統的企業と差がないように見える。[94]協同組合の労働者は、職務への関与度、上司の評価、賃金額や支払い方法の公正感がより高いと報告する傾向がある。[95]雇用は労働者所有企業のほうが安定的で、伝統的企業のような大きな変動は小さい。これは、伝統的企業では賃金が固定されているため、経済的困難時に労働者が賃下げの受入れを拒む(後に元の賃金へ戻せる保証がないため)ことからレイオフが必要となる一方、協同組合では賃下げを受け入れ、後に回復できると見込めるためである。[96]
協同組合は伝統的企業より生存率が高いが、これは生産性や財務的体力よりも、雇用の安定や存続のための柔軟な調整に起因すると見られる。[97]賃金は、他の要因を統制すると、労働者協同組合と伝統的企業で同程度になる傾向があり、差がある場合は企業形態以外の特性による。[98]一方、労働者協同組合で仕事や参加に不満がある場合、欠勤率の上昇という形で離脱が表現され得る。[99]また、管理者は、労働者に受け入れられないと感じる場合、必要だが論争的な提案を控えることがある。[85]
国別の状況
ヨーロッパ
労働者協同組合は欧州の多くの国で定着しており、イタリア・スペイン・フランスで特に大きい。[100]
欧州協同組合規約(英語版)は[101]2006年施行で、欧州連合諸国内での個人や法人による労働者協同組合の設立を認める。これは緩やかな枠組みで、欧州協同組合法人が登録される国の国内法に詳細を委ねる。また従業員ではない「投資家メンバー」による少数持分を認めている。
フランス
1848年と1864年に労働者協同組合が合法化され、1871年のパリ・コミューンでは、所有者に放棄された工房が労働者により接収された。1884年には労働者協同組合商工会が創設。1900年までに約250、1910年までに約500の労働者協同組合が存在。20世紀を通じて浮沈を繰り返し、1936年、第二次世界大戦後、1978〜82年、1995年以降に成長局面があった。
2004年のフランスには1700の労働者協同組合があり、3万6千人が就業。平均規模は21人。従業員の60%超が組合員でもある。[102]今日の代表例にはシェクデジュネ、アコム、雑誌『代替経済』やデルニエール・ヌーベル・ダルザス、自動車学校ECF CERCA、玩具メーカームーリンローティなど。
ドイツ
ドイツ協同組合・ライファイゼン連合(英語版)の出版物によれば、2024年時点で7,000の協同組合があり、そのうち労働者協同組合は83に過ぎない。[103]
2022年には#GenoDigitalという取り組みが始まり、ドイツ協同組合法のデジタル化が進展。新規組合員の受入れや総会のオンライン開催などが可能になった。[104]
イタリア
EURICSEによれば、イタリアには29,414の労働者協同組合がある。[105]同団体の研究は、製造業における破綻企業の労働者買収を通じた転換協同組合の生存率が、同産業平均より高いことを示した。[106]
ペンキャベル・他(2006)は、イタリア北部(協同組合が最も集中し、労働力の4%超を雇用)で、賃金が投資家所有企業より14%低く、賃金変動が大きいことを示した(学歴・年齢・性別・職種・産業・地域・企業規模等の統制後)。[50]エミリア=ロマーニャの協同組合運動は、社会主義とカトリシズムという異なる思想潮流を融合させ成功している。[107]同地域の協同組合には一世紀超の歴史があり、8,000超の協同組合がある。
スペイン
スペインには1万7千超の労働者協同組合がある。[108]世界で最も知られる例の一つが、バスク地方のモンドラゴン協同組合体である。[109]
英国
労働党の労働者協同組合への熱意は1970~80年代に最高潮で、トニー・ベンが著名な提唱者だった。自由民主党の急進派にも支持が見られた。[110]
1974年労働党政権下、倒産した民間企業の雇用維持を狙い、労働者による引継ぎとして設立された例が少数あった[111]が、所有構造の変更だけでは商業的失敗を覆せない場合が多かった。[4]最も有名なマーリデン自転車協同組合もそうであったが、一方で国有企業の従業員買収が成功した事例(例:ナショナル・エクスプレス(英語版))もあった。[112] スタートアップとしての労働者協同組合は1980年代後半に約2,000まで増え、その後2022年には約400に減少している。[113]
協同組合は通常、2006年会社法または2014年協同組合・コミュニティ利益組合法で登録される(他の法形式もあり得る)。両法に対応したモデル規約も複数存在し、労働者協同組合では職場の被雇用者のみに会員資格を限定する規定がある。多くの労働者協同組合は法人化されており、清算時の責任が限定される。[9]
北米
アメリカ合衆国
全国組織
アメリカ労働者協同組合連合は、米国内で唯一、労働者協同組合の利益を全国レベルで代表する組織である。全国的発言力の提供、モデルの普及、会議での統合、技術支援の基盤の提供などを行う。[114]
2018年、2019会計年度国防権限法の一部として、メインストリート労働者所有法(キアステン・ジリブランド上院議員、ニディア・ベラスケス下院議員が起草)が成立。これにより、従業員所有企業がSBA 7(a)ローンの対象となった。[115]
地域組織
職場民主主義のための東部会議[116]と西部労働者協同組合会議[117]が隔年で各地域会議を開催。
コーポレーション・ジャクソン(英語版)はミシシッピ州ジャクソンに拠点を置く協同組合連合で、労働者所有の協同組合や地域運営機関の構築を目指す。[118][119]
フリーダム・キルティング・ビー(英語版)は公民権運動期にアラバマ州で設立された顕著な協同組合で、恵まれない黒人労働者の貧困脱却に寄与し、シアーズ等の大手小売の受注を獲得、キルティングへの現代的関心を喚起した。
カナダ
カナダの労働者協同組合はカナダ労働者協同組合連合が代表し、英語圏カナダ各地に会員がいる。[120]
メキシコ
1994年1月1日のサパティスタ民族解放軍蜂起後、チアパスの先住民はサパティスタコーヒー協同組合(英語版)の再建を開始した。[121]
南アメリカ
ベネズエラ
ウゴ・チャベスは、労働力の民主化を進める一環として、1998年の就任直後から労働者所有・運営の協同組合を多数設立した。2006年までに10万の労働者協同組合が立ち上がり、約150万人の労働者を抱えるに至った。就任初日から、低利の創業信用、技術訓練、および政府による物品・設備調達での優遇を確保した。さらに翌年の1999年には、税制優遇の対象となる協同組合の数を増やした。[122]
しかし2006年の国勢調査では、50%の協同組合が不適切に機能しているか、公的資金へのアクセス目的で設立されただけであることが示された。[123]
アルゼンチン
アルゼンチンの経済危機(英語版)に呼応して、多くの労働者が倒産企業の施設を占拠し、労働者所有の協同組合として運営を開始した。2005年時点で約200の労働者所有企業が存在し、その大半は危機対応として始まった。[124]2020年までに、約1万6,000人の労働者が400超の再生企業を運営するに至った。[125]ドキュメンタリー映画『The Take(英語版)』はこの現象を記録し、マルセロ・ヴィエタの著書『アルゼンチンの労働者自主管理』は包括的な学術・事例・歴史研究を提供する。[126]これら再生企業の総合的な生存率はほぼ90%であり、経済混乱時においてもこのモデルの強靱性が示されている。[127]
国際協同組合同盟の最近の声明によれば、アルゼンチンの協同組合企業(その多くは労働者協同組合ではない)には、医療・住宅・工場労働など多様な部門で約2,000万人の組合員がいる。これらの企業は急速に増加しており、2012年だけで6,000が新設された。[128]
アルゼンチンの労働者所有協同組合は地域社会の発展にも寄与してきた。例えばFaSinPat(英語版)の労働者=所有者は、余剰利益を用いて教育プログラム、医療施設、レクリエーション活動を地域に整備することを投票で決定した。[129]
アジア
インド
インドには、協同組合セクターの企業に関する法・規則・規制が幅広く整備されている。
インディアン・コーヒー・ハウス(英語版)は、1940年代初頭(英領期)にコーヒー委員会が開設したが、1950年代半ばに方針転換で閉鎖された。その際、A・K・ゴパラン(英語版)の指導の下、解雇された労働者が支店を引き継ぎ、ネットワークをインディアン・コーヒー・ハウスとして再編した。この歴史は、A・K・ゴパランの母語マラヤーラム語による書籍『Coffee Housinte Katha』に記されており、著者はナダッカル・パラメスワラン・ピライ(Nadakkal Parameswaran Pillai)である。
他にも、搾取されていたビーディー巻き労働者を起点に始まったケララ・ディネシュ・ビーディなど、大規模な労働者協同組合がある。[130]