勝てば官軍
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歴史
明治維新
この勝てば官軍と言うことわざは、1877年に大江卓が詠んだ漢詩から来ている。この時代の日本は明治維新であり、日本国内では薩長軍と幕府軍による内戦が行われていた時代であった。その時代に大江卓は西南戦争で薩長軍の勝利を聞いて漢詩を詠み、この漢詩の中に勝てば官軍として迎えられるというようなことが書かれており、ここから勝てば官軍という言葉が広まって行った[1]。
第二次世界大戦
明治維新以降、日本は日清戦争、義和団の乱、日露戦争、第一次世界大戦(青島の戦い)などの戦いに参戦し、次々と勝利を獲得した。例えば、日清戦争では敗戦国の清に対して、法外的な賠償金と領土の割譲と占領を日本が実施または要求し、旅順虐殺事件などを引き起こしても、結果としては日本側が戦勝国であったため、国際社会から問題視される事は一部を除いて無かった。
しかし、1932年の五・一五事件以降、政党政治の終わりを告げ、1940年以降は大政翼賛会による挙国一致内閣体制(事実上の軍事独裁体制)となった日本は、1945年に第二次世界大戦の敗戦国となった。大義名分があったものの、1932年から1945年までの日本(所謂、戦前の昭和)は、現在に至るまで世界で否定され続け、ナチス・ドイツのハーケンクロイツのように大政翼賛会の旗も、国際社会や日本国内でも掲げられることは禁止させられている。
また、日独と同じく敗戦国となったイタリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、フィンランドも敵国条項の対象となっている。
それとは対照的に、戦勝国による戦争犯罪は話題になる事が少ない傾向にある。