北原文枝
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東京府東京市麹町区(現:東京都千代田区)出身。日本大学芸術学部卒業[1]。北村喜八と村瀬幸子が1937年に結成した芸術小劇場で活動を始めた。1944年2月に劇団俳優座が設立されると、村瀬とともに参加。俳優座が御殿場に疎開すると、1945年に離脱し、独立した[3]。
戦後しばらくはラジオを中心に活動した。NHKのクイズ番組や、文化放送の「冗談音楽」にレギュラーとして出演した。1953年、田中絹代監督『恋文』に端役で初出演した。1955年9月、当時所属していたプレーヤーズ・センターの事務員が北原や三木鶏郎など複数のタレントのギャラを何度も横領し、キャバレー代に使っていたと報道される[4]。
劇団青俳を経てテレビに進出、テレビアニメ「赤毛のアン」のマリラ役のほか、「奥さまは魔女」のエンドラ役などの吹き替えも担当した。
1980年10月5日12時15分頃、庇(ひさし)に掛かっていたナラの木の枝を折ろうとして身を乗り出し、東京都港区赤坂の自宅マンション4階から誤って転落、救急車で千代田区神田駿河台の駿河台日本大学病院に運ばれたが、10月6日14時33分に骨盤骨折・腹部内出血のため急死した[1]。享年60。