北条団水
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出自は未詳だが、若い頃に仏道修行の経験があったか[2]。延宝末年、井原西鶴の門下となり、俳号を団水と号する[2]。1687年(貞享4年)、西沢貞陳の依頼で『武道一覧』を神保氏入道の名義で編述したほか、白眼居士の名義で『好色破邪顕正』『諸宗鉄槌論』『色道大鼓』『正月揃』『牡丹名寄』などを述作[2]。元禄に入ると俳諧に専念し、『特牛』『秋津島』『団袋』『くやみ草』などを編刊[2]。西鶴が没すると下山鶴平と墓を建て、1695年(元禄7年)西鶴庵に入り、2代目を継ぐ[2]。西鶴の遺作を整理・編集し、『西鶴置土産』『西鶴織留』『西鶴俗つれづれ』『万の文反古』『西鶴名残の友』を出版する[2]。西鶴の13回忌には追善俳諧『こころ葉』を刊行した[2]。その後、浮世草子『昼夜用心記』『野傾友三味線』『武道張合大鑑』などを刊行する[2]。