1974年、藤本箕山の『色道大鏡』を刊行した。実証的な学風で知られ、井原西鶴や近松門左衛門や曲亭馬琴の研究においても成果を残している。終生、羽織はかま姿で教壇に立ち、文人の風格を漂わせる名物教授だった[2]。
1984年、「刪補 西鶴年譜考證」で読売文学賞(研究・翻訳賞)を受賞した。守随憲治や暉峻康隆とともに日本近世文学会の創設に参画する[5]など、学界でも指導的立場にあった。指導の厳しさから「鬼の野間」と称されたが、晩年は「仏の野間」と称されたという[6]。
娘は人形作家の夢童由里子。弟に地理学者の野間三郎、甥にはフジテレビアナウンサーの野間脩平がいる。