北見峠
北海道上川町と遠軽町の間にある峠
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概要
歴史
1891年(明治24年)、北方の防備と開拓のため網走から北見峠までの162.6 kmにおよぶ道路を中央道路として開削した[1][2]。明治政府の命により、空知集治監や釧路集治監の別館として中央道路開削のために設置された網走監獄(網走刑務所)の囚人約1,100人と職員約200人が作業にあたり[1][3]、工事は4月に開始して12月までに約160 kmを完成させるという突貫工事であった[1]。過酷な労働で200人以上の犠牲者を出したことから、別名「囚人道路」とも言われている[1][注釈 1]。中央道路の経路には犠牲者を弔う慰霊碑が各地に建立されており[1][2]、峠頂上のパーキングエリアには、1974年(昭和49年)当時の白滝村村長によって建立された慰霊碑がある。
開通後は経路に駅逓所が開設され、1897年(明治30年)と1898年(明治31年)に屯田兵が中央道路経由で北見地域に入植していった。
1952年(昭和27年)に国道39号に指定されたが、石北峠の開通に伴い、1957年(昭和32年)道道遠軽上川線に降格。1968年(昭和43年)に線形改良を行い、1975年(昭和50年)国道333号に再度昇格した。
2000年代以降、積雪のある冬期間において峠付近の路側帯から山中にスノーモービルで乗り入れる者が増えたが、峠周囲の国有林を管理する北海道森林管理局はスノーモービルの乗り入れを認めていない[4][5]。

