北陸オープンゴルフトーナメント
From Wikipedia, the free encyclopedia
HOKURIKU OPEN GOLF TOURNAMENT | |
|---|---|
| 創設 |
1978年 富山県オープンゴルフトーナメント 1999年 北陸オープンゴルフトーナメント |
| 開催地 | 富山県富山市 |
| 開催コース | 呉羽カントリークラブ |
| 基準打数 | 72 |
| ヤーデージ | 7,013ヤード |
| 主催 |
富山テレビ放送 北日本新聞社 |
| ツアー | 日本プロゴルフ協会 後援 |
| 競技方法 | ストロークプレー |
| 賞金総額 | 1,500万円 |
| 開催月 | 7月 |
|
| |
北陸オープンゴルフトーナメントは毎年7月に、呉羽カントリークラブにて1999年から行われている、日本プロゴルフ協会(PGA)後援の男子プロ・アマゴルフトーナメント。
日本プロゴルフ協会・中部ゴルフ連盟・北陸三県ゴルフ場協議会・富山県ゴルフ連盟・富山県ゴルフ練習場連盟・富山県・富山県教育委員会・富山市・石川テレビ放送・福井テレビジョン放送後援。
富山県富山市の呉羽カントリークラブでは、1965年7月、初めてのプロの競技会「読売プロ招待ゴルフ競技会」が開催された[1]。1971年10月には「さわやかカップゴルフトーナメント」が開催され、プロの競技としては非公式なものであったが[2]、日本プロを制した尾崎将司、杉本英世、青木功らの人気プロが参加[1]。当時としては、2000名のギャラリーが集まり、画期的な出来事であった[2]。1973年には6月29日から7月1日の3日間にわたり、呂良煥(
中華民国)、杉本、青木、杉原輝雄などの有名プロと北陸3県のアマチュア選手ら60名が参加した北陸で初めてのビッグゲーム「北陸クラシック」が開かれ、プロ参加競技の実績を積み重ねた[1]。プロの部の優勝は呂で、アマの部の優勝は呉羽CC所属の渡辺信安であった[2]。この大会は、後に行われる富山県オープンが、アマチュアに開放される布石となった[2]。
これらの実績を基に、1978年、一流のプロを多数招待し、県内のアマチュアに広く門戸を開いた「富山県オープンゴルフトーナメント」が、開催されることになる[1]。初代覇者はプロの部が大場勲で、アマの部は、新進気鋭の伊東章であった[2]。
伊東は後に1986年の中日クラウンズ初日でデビッド・イシイ&クラレンス・ローズ(アメリカ)、鷹巣南雄と共に2アンダー68で首位を並走する[3]見せ場を作り、2000年の日本シニアゴルフ選手権競技では2位に入った[4]。
この大会は、県内で唯一のプロ競技として定着し、1982年の第5回には日本プロゴルフ協会の賞金ランキング加算競技に昇格、将司・健夫・直道の尾崎3兄弟をはじめ一流プロが多数参戦する魅力的な大会として21年間も継続[1]。
数々のドラマを生むと共に、県内アマチュアゴルファー育成に貢献し[2]、1999年7月にはアマチュアの参加エリアを北陸3県に広げ、新たに「北陸オープンゴルフトーナメント」がスタート[1]。近年は、石川遼・片山晋呉など人気プロが参戦したことで一段と盛り上がりを見せ、予選、決勝ラウンドはテレビ放映も行われ、北陸で開催されるプロ競技会として定着している[1]。
2020年は中止となった。
2022年は同年に開局したBSよしもとにて、同年7月30日と31日の18時から各2時間、予選ラウンドと決勝ラウンドの模様をそれぞれ放送した[5]。
2023年の大会では、女性初のベストアマチュアが誕生した[6]。また、前年に続きBSよしもとにて、同年8月5日と6日に予選ラウンドと決勝ラウンドの模様をそれぞれ放送するが、前年とは異なり予選ラウンドを10時からの2時間、決勝ラウンドを前年と同じ18時からの2時間放送した。
2024年の大会は、3年連続でBSよしもとにて、同年8月3日と4日に予選ラウンドと決勝ラウンドの模様をそれぞれ放送するが、過去2年とは放送の時間帯が異なり、予選ラウンドを12時からの2時間、決勝ラウンドを13時からの2時間放送した。