北陸電機製造
From Wikipedia, the free encyclopedia
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 |
〒936-8558 富山県滑川市法花寺233番地 |
| 設立 | 1944年5月17日 |
| 事業内容 | 電気設備・機器の製造・販売[1] |
| 代表者 | 大西賢治(代表取締役社長)[2] |
| 資本金 | 200,000,000円[1] |
| 売上高 | 11,264,000,000円 (2024年度)[2] |
| 従業員数 | 387名 (2025年3月31日現在)[2] |
| 決算期 | 3月[2] |
| 外部リンク | https://www.hokurikudenki.co.jp/ |
北陸電機製造(ほくりくでんきせいぞう、英: Hokuriku Electric Co.,Ltd.)は、富山県滑川市に本社を置く北陸電力グループの企業および富士電機の協力工場である。北陸で唯一の変圧器製造メーカーで、富士電機製品のOEM製品の生産を行っている[3]。
1944年3月に創立認可と工場用地(小泉工場)約930m2の斡旋を要請し、同年5月17日、当時の富山県中新川郡滑川町(現・滑川市)に各種計測器類の加工組立を業務とする会社として発足。富士電機製造松本工場の協力工場となる[4]。
1946年1月25日、北陸配電(現・北陸電力)から全株主の約3分の1の出資を受けて、柱上変圧器の製造・修理専門の指定専属工場となる契約を結んだ[5]。1947年5月には、商工省名古屋商工局(現・経済産業省中部経済産業局)の製造認可を獲得。1948年3月には、試作した単相2線式5KVAが標準電気機器審査会の審査に合格し、乾式計器用変圧器と交流器の製造を開始するなど、北陸で唯一の変圧器メーカーとして本格的なスタートを切った[6]。
1962年6月、滑川市法花寺の工場用地(約126,331m2)の用地売買契約が整い、1963年10月の配電盤工場、板金工場、厚生棟の完成を皮切りに、以降順次増築された。同月には変圧器のケースの製造メーカーである泰平製作所(魚津市)を吸収合併している。1969年4月には、管理棟事務所および食堂向上会館が竣工している[7]。
旧本社および小泉工場(事務所棟1棟および工場建屋9棟)は、北陸富士が1969年から1984年まで、北陸高砂鉄心が1969年から2000年まで、北陸電機製作所が1981年から2000年まで、べステックが1990年、有限会社北製作所が1969年から2004年までそれぞれ一部を賃貸して使用してきた。2004年時点で事務所棟を北製作所、敷地の一部を隣接する病院が駐車場として使用するだけとなり、18,000m2にものぼる土地が遊休地化していた[8]。なお、同年8月9日に北製作所が本社工場の遊休三角地に完成した新工場に移転した[9]。同年9月15日、小泉工場跡地で分譲住宅地『アイリスタウン滑川』宅地造成工事が開始され[10]、2006年4月29日に61区画にて完成、販売開始した[11]。
1988年には、技術事務所が新築された[12]。1994年5月17日には新シンボルマークのロゴが使用開始された[13]。2000年3月10日にはホームページが開設された[14]。2002年には北陸富士との資本関係を解消している[15]。
1997年2月28日にはISO9001認証を[16]、2002年1月22日にはISO14001認証を取得した[14](なお、ISO14001は、2008年1月21日に一旦返上し[17]、2024年3月に再取得した[2])。