十勝神社

From Wikipedia, the free encyclopedia

所在地 北海道広尾郡広尾町茂寄1-13
位置 北緯42度17分27.9秒 東経143度18分39.2秒 / 北緯42.291083度 東経143.310889度 / 42.291083; 143.310889座標: 北緯42度17分27.9秒 東経143度18分39.2秒 / 北緯42.291083度 東経143.310889度 / 42.291083; 143.310889
十勝神社
十勝神社社殿
拝殿
所在地 北海道広尾郡広尾町茂寄1-13
位置 北緯42度17分27.9秒 東経143度18分39.2秒 / 北緯42.291083度 東経143.310889度 / 42.291083; 143.310889座標: 北緯42度17分27.9秒 東経143度18分39.2秒 / 北緯42.291083度 東経143.310889度 / 42.291083; 143.310889
主祭神 大綿津見神保食神塩土老翁神
社格県社
地図
十勝神社の位置(北海道内)
十勝神社
十勝神社
テンプレートを表示

十勝神社(とかちじんじゃ)は、北海道広尾郡広尾町にある神社。旧社格県社

十勝国一之宮を称する。

鳥居

出典[1]

歴史

十勝神社は、明神社を前身とする[2]。正確な創建時期は不明だが、十勝場所地行主の蠣崎広林が奉献した、円空作の観音像の背文に「寛文六年」とあるため、1666年ころの創建と考えられている[2]

1801年享和元年)の松平忠明による巡見の際、明神社は21世紀現在の本通2丁目あたりに位置していたとみられるが、そののち会所通りに移され、1846年弘化3年)11月5日の火災で会所とともに焼失した[2]。しかしほどなくして、場所請負人の杉浦嘉七によって再建された[2]

明治時代に入ると、神仏分離令を受けて、前述の円空作観音像を手放すことになった[1]

1876年(明治9年)3月、十勝神社として郷社に指定される[1]

1888年(明治21年)5月には、1835年天保6年)勧請といわれる境内社の稲荷神社を合祀した[1]

1915年大正4年)9月に、神饌幣帛料供進社に指定される。

それから新通5丁目、本通2丁目と移転を重ね、1918年(大正7年)に現在地の南側へと遷る[1]

1921年(大正10年)、行方不明となっていた社宝の『東蝦新道記』が大阪朝日新聞社の会に展示されたと判明し、出陳者の浦河と交渉して100円で購入した[1]

1942年昭和17年)、社殿と社務所を新築[1]

1945年(昭和20年)には県社に昇格するも、太平洋戦争終結後は宗教法人となる[1]

1966年(昭和41年)9月、氏子からの寄付188万円をもって十勝神社三百年祭が挙行される[1]

1968年(昭和43年)1月、『東蝦新道記』が北海道の有形文化財(歴史資料)に指定される[1]

竜神木大明神

神体とされる「竜神木大明神」は、2代目社司を務めた荒井重矩の『神社明細書』によると、もともと茂寄村字シマウス海岸に漂着した流木だった[1]

形状が竜神に似ていたので祀ったところ、豊漁が続いたのでさらに信仰を集めるようになり、「十勝大明神」と尊称された[1]。そして、流木に彫刻を加えて木像に仕立て上げたのだが、その年月日は明らかでない[1]。古老の語ったところでは、山崎金助が京都の仏師・小林又七に彫刻させたものとされている[1]

現状は丈4寸あまりの木像で、聖徳太子に似ているという[1]

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI