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広尾町

北海道広尾郡の町 From Wikipedia, the free encyclopedia

広尾町(ひろおちょう)は、北海道十勝総合振興局南部にある町。

概要 ひろおちょう 広尾町, 国 ...
ひろおちょう ウィキデータを編集
広尾町

広尾町旗

広尾町章
1950年(昭和25年)制定 1950年(昭和25年)制定
国 日本の旗 日本
地方 北海道地方
都道府県 北海道(十勝総合振興局)
郡 広尾郡
市町村コード 01642-0
法人番号 2000020016420 ウィキデータを編集
面積 596.48km2
総人口 5,631人 [編集]
(住民基本台帳人口、2026年6月30日)
人口密度 9.44人/km2
隣接自治体 広尾郡大樹町、浦河郡浦河町、様似郡様似町、幌泉郡えりも町
町の木 オンコ
町の花 つつじ
他のシンボル 町の鳥 : カモメ
マスコット : さーたちゃんとツリーくん
開町記念日 : 9月20日
広尾町役場
町長 田中靖章
所在地 〒089-2692
北海道広尾郡広尾町西4条7丁目1
北緯42度17分09秒 東経143度18分42秒
外部リンク 公式ウェブサイト

広尾町位置図

■ ― 政令指定都市 / ■ ― 市 / ■ ― 町・村

ウィキプロジェクト
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広尾町市街地
広尾町中心部周辺の空中写真。1977年撮影の8枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。
楽古岳より俯瞰する札楽古川のV字谷と十勝港

町名の由来

「広尾」の地名は当初十勝会所が設けられた現市街地付近の崖下の岬付近の名称で、当初は「びろお」と呼ばれたが後年「尾籠(びろう)」と聞こえるのを嫌って「ひろお」となったとされている[1]。

アイヌ語に由来するが以下の諸説がある[1][2]。

さらに見る アイヌ語, 意味 ...
アイヌ語 意味 由来
カタカナ表記(アコㇿイタㇰ) ラテン翻字
ピロㇿ pir-or 蔭・のところ 山蔭にあるため。江戸後期のアイヌ語通詞、上原熊次郎による説で、それ以前に秦檍麻呂が同説を書き、松浦武四郎も一説として紹介している。
ピオㇿ pi-or 石・のところ 小石が多いため。松浦武四郎『東蝦夷日誌』に書かれた説。
ピルイペッ pirui-pet 砥石・川 永田方正による説。広尾川河口に近い北岸にある青みを帯びた石崖のことではないかとされている。
ピラオㇿ pira-or 崖・のところ 『北海道 駅名の起源』では1950年(昭和25年)版以降、同説を支持。1973年(昭和48年)では「ここを境に北方は砂浜であり、南方はどこまでもがけつづきである[2]」と紹介。
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地理

十勝総合振興局の最南端に位置する。 西部は日高山脈に由来する山岳地帯で日高山脈襟裳十勝国立公園に属しており、東部は太平洋に接する。 地震の多いところである。

山岳

  • 野塚岳(1,353 m)
  • 野塚岳西峰(1,331 m)
  • オムシャヌプリ(1,379 m)
  • オムシャヌプリ東峰(1,363 m)
  • 楽古岳(1,472 m)
  • 小楽古岳 (1,365 m)
  • 十勝岳(1,457m)
  • ピロロ岳(1,269m)
  • 広尾岳(1,231 m)
  • トヨニ岳(1,493 m)
  • トヨニ岳北峰(1,529 m)
  • 美幌岳(1,121m)
  • 大丸山(271 m)
  • 丸山(117 m)
  • オリコマナイ山(232 m)
  • 烏山(123 m)
  • 藻岩山(134 m) - 紋別川南岸に位置し、全方向を牧草地に囲まれている。登山道はない。
  • 丸山(83 m) - 字野塚に位置し、全方向を牧草地に囲まれている。登山道はない。

河川

隣接している自治体

人口

茂寄村の戸数、人口
広尾町と全国の年齢別人口分布(2005年) 広尾町の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 広尾町
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
広尾町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 13,436人
1975年(昭和50年) 11,399人
1980年(昭和55年) 11,512人
1985年(昭和60年) 11,285人
1990年(平成2年) 10,346人
1995年(平成7年) 9,593人
2000年(平成12年) 8,975人
2005年(平成17年) 8,325人
2010年(平成22年) 7,884人
2015年(平成27年) 7,030人
2020年(令和2年) 6,387人
総務省統計局 国勢調査より

消滅集落

2015年国勢調査によれば、以下の集落は調査時点で人口0人の消滅集落となっている[4]。

  • 広尾町 - 字ポロブレペツ、旧上豊似地区、字ラッコベツ、字ラッコ、字上豊似、十勝港(重要港湾)、字ルベシベツ、字広尾、字ヲソウシ、字茂寄幹線

気候

さらに見る 広尾特別地域気象観測所(広尾郡広尾町並木通東、標高32m)の気候, 月 ...
広尾特別地域気象観測所(広尾郡広尾町並木通東、標高32m)の気候
月1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月年
最高気温記録 °C (°F) 10.1
(50.2)
15.7
(60.3)
17.9
(64.2)
28.1
(82.6)
35.8
(96.4)
33.3
(91.9)
35.7
(96.3)
35.1
(95.2)
33.7
(92.7)
28.1
(82.6)
22.4
(72.3)
16.3
(61.3)
35.8
(96.4)
平均最高気温 °C (°F) −0.3
(31.5)
0.0
(32)
4.0
(39.2)
9.9
(49.8)
14.6
(58.3)
16.5
(61.7)
20.1
(68.2)
22.1
(71.8)
20.3
(68.5)
15.5
(59.9)
9.4
(48.9)
2.6
(36.7)
11.2
(52.2)
日平均気温 °C (°F) −4.2
(24.4)
−3.9
(25)
0.1
(32.2)
5.2
(41.4)
9.8
(49.6)
12.7
(54.9)
16.6
(61.9)
18.6
(65.5)
16.6
(61.9)
11.3
(52.3)
5.2
(41.4)
−1.3
(29.7)
7.2
(45)
平均最低気温 °C (°F) −9.2
(15.4)
−9.1
(15.6)
−4.4
(24.1)
0.9
(33.6)
5.8
(42.4)
9.8
(49.6)
14.1
(57.4)
15.9
(60.6)
13.1
(55.6)
6.8
(44.2)
0.6
(33.1)
−5.8
(21.6)
3.2
(37.8)
最低気温記録 °C (°F) −21.2
(−6.2)
−22.1
(−7.8)
−20.2
(−4.4)
−11.6
(11.1)
−2.6
(27.3)
1.0
(33.8)
4.0
(39.2)
8.4
(47.1)
1.6
(34.9)
−4.1
(24.6)
−11.6
(11.1)
−17.2
(1)
−22.1
(−7.8)
降水量 mm (inch) 71.6
(2.819)
59.9
(2.358)
95.1
(3.744)
111.3
(4.382)
162.4
(6.394)
149.2
(5.874)
166.2
(6.543)
217.7
(8.571)
262.6
(10.339)
194.2
(7.646)
127.7
(5.028)
91.4
(3.598)
1,709.2
(67.291)
降雪量 cm (inch) 83
(32.7)
70
(27.6)
63
(24.8)
16
(6.3)
1
(0.4)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
5
(2)
60
(23.6)
297
(116.9)
平均降水日数 (≥0.5 mm) 9.6 9.8 11.6 11.1 11.9 10.5 12.9 13.3 12.8 11.9 12.2 10.5 138.2
平均降雪日数 17.4 18.1 18.9 8.9 0.9 0.0 0.0 0.0 0.0 0.6 6.8 16.6 88.6
% 湿度 64 65 66 70 77 87 89 88 82 74 65 63 74
平均月間日照時間 166.1 162.3 186.1 181.8 173.1 126.7 108.3 113.9 134.5 164.5 149.2 149.4 1,815.8
出典:気象庁 (平均値:1991年 - 2020年、極値:1958年 - 現在)[5][6]
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地名の変遷

広尾町の元の名前は茂寄村であり、広尾郡茂寄村と当縁郡の3村を併せて広尾郡茂寄村として発足した。この時には大字茂寄村と当縁郡より大字大樹村、大字当縁村、大字歴舟村の4大字を持っていたが1926年に広尾村に改称したことに伴い大字茂寄村は大字広尾村に改称された。こうして大字広尾村・大字大樹村・大字当縁村・大字歴舟村の4大字となったが1928年に大字広尾村の一部と他3大字の区域をもって大樹村が発足、これに伴い広尾村には大字広尾村のみが残っていた。その後町制を施行した2年後の1948年に大字広尾村が廃止、これまでの字は大字を持たない状態で引き継がれた。そして1978年11月1日に北海道告示第3351号をもって広尾市街地で字名改正が実施され、いくつかの字が廃止されたものの郊外では現在も一部の字が存続している。市街地の改正内容および登記上に見られる小字は以下のとおりである。

さらに見る 新たに画する町, 区域(旧字:広尾郡広尾町字) ...
字名改正対照表[7]
新たに画する町 区域(旧字:広尾郡広尾町字) 廃止された字の一覧
並木通東 1~3丁目 茂寄、茂寄1号北 ラッコ
4丁目 ラッコ、楽古、茂寄、茂寄1号北 茂寄1号北
並木通西 1~2丁目 茂寄1号北 茂寄北1号線
3丁目 茂寄1号北、茂寄北1号線 茂寄北1線
4丁目 茂寄、茂寄1号北 茂寄北2線
錦通北 2丁目 茂寄1号北、茂寄北1~2線 茂寄基線
錦通南 2丁目 茂寄1号北 丸山
3~4丁目 茂寄北2線 茂寄南1~2線
公園通北 2丁目 茂寄1号北 本通2~12丁目
3~4丁目 茂寄北1線 会所前
公園通南 2丁目 茂寄1号北 岩見通10~12丁目
3~4丁目 茂寄北1線 茂寄旭通11~12丁目
丸山通北 1~7丁目 茂寄基線 新通1~11丁目
丸山通南 1丁目 茂寄基線、茂寄、丸山 中通1~11丁目
2~7丁目 茂寄基線 ヂンヤ
8丁目 茂寄基線、茂寄 西通2~9丁目
9丁目 茂寄基線 陣屋通5~7・9丁目
白樺通北 1~3丁目 茂寄南1線 陣屋通
白樺通南 1~4丁目 茂寄南1線 陣屋
紅葉通北 1~4丁目 茂寄南2線 東通6~7・10~12丁目
紅葉通南 1~4丁目 茂寄南2線
本通 2丁目 本通2丁目
3丁目 本通3丁目
4丁目 本通4丁目
5丁目 本通5丁目、茂寄
6丁目 本通6丁目、茂寄
7丁目 本通7丁目
8丁目 本通8丁目
9丁目 本通9丁目、茂寄
10丁目 本通10丁目、茂寄
11丁目 本通11丁目
12丁目 本通12丁目
13丁目 茂寄
東1条 5丁目 本通5丁目、茂寄、会所前
6丁目 東通6丁目、茂寄
7丁目 東通7丁目、茂寄
8~9丁目 茂寄
10丁目 東通10丁目、茂寄
11丁目 東通11丁目
12丁目 東通12丁目
13~14丁目 茂寄
東2条 10丁目 岩見通10丁目
11丁目 岩見通11丁目
12丁目 岩見通12丁目
東3条 11丁目 茂寄旭通11丁目
12丁目 茂寄旭通12丁目
西1条 1丁目 新通1丁目、茂寄
2丁目 新通2丁目
3丁目 新通3丁目
4丁目 新通4丁目
5丁目 新通5丁目
6丁目 新通6丁目
7丁目 新通7丁目
8丁目 新通8丁目
9丁目 新通9丁目
10丁目 新通10丁目
11丁目 新通11丁目
西2条 1丁目 中通1丁目
2丁目 中通2丁目
3丁目 中通3丁目
4丁目 中通4丁目
5丁目 中通5丁目
6丁目 中通6丁目
7丁目 中通7丁目
8丁目 中通8丁目
9丁目 中通9丁目
10丁目 中通10丁目、ヂンヤ
11丁目 中通11丁目、ヂンヤ、茂寄
西3条 2丁目 西通2丁目
3丁目 西通3丁目
4丁目 西通4丁目
5丁目 西通5丁目
6丁目 西通6丁目
7丁目 西通7丁目
8丁目 西通8丁目、ヂンヤ
9丁目 西通9丁目
10丁目 ヂンヤ
11丁目 ヂンヤ、茂寄
西4条 5丁目 陣屋通5丁目
6丁目 陣屋通6丁目、広尾
7丁目 陣屋通7丁目、陣屋
8丁目 ヂンヤ
9丁目 陣屋通9丁目、陣屋通
10丁目 陣屋通、ヂンヤ
陣屋 陣屋、ヂンヤ、茂寄、茂寄南2線
会所前 1~4丁目 会所前
5丁目 (1991年に港湾埋め立てにより成立)
6丁目 (1997年に港湾埋め立てにより成立)
登記上に見られる現行の字の一覧(五十音順)
エツキサイ、エビニマイ、ヲシラベツ、音調津、オソウシ、ヲナヲケフ、ヲナヲベツ、ヲリコマナイ、カシュウンナイ、カシュウンナイ1~4線、上トヨイ基線、上トヨイ北1線、上トヨイ南1線、上豊似、カムイオロクベ、コイカクシュビロロ、コイポクオシラルンベ、コイポクシュオシラルンベ、小紋別、下トヨイ1~4線、シュマラウス、シュムクシュラッコベツ、シンノシケオシラベ、タンネソ、チシュウス、トヨイ、トヨイベツ、豊似、豊似西通、豊似東通、豊似本通、野塚、野塚1~14線、野塚西通、野塚東通、野塚本通、野塚本通南、ビタタヌンケ、ビボロ、ビボロ基線、ビボロ原野、美幌、美幌基線、美幌原野、ピロロ、フンベ、ポロフレーベツ、モエケシ、茂寄、茂寄1号、茂寄幹線、茂寄支線、茂寄南、茂寄南1号、茂寄南3~6線、紋別、紋別9~23線、ラッコベツ、ラッコベツ2~10線、ラッコベツ6線北、ラッコベツ6~10線南、ルベシベツ
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歴史

茂寄村

広尾は昔時「東、奥蝦夷」と称した地で、東南広尾川に沿えるアイヌが住んだ一集落である[3]。当初松前藩士・蠣崎蔵人の給地であった[3]。幕吏・小林卯十郎が海に沿って東行釧路に達する新道を開くに及び、始めて陸路交通の便を得る[3]。寛政の頃から十勝国全部をトカチ場所と称し、会所を広尾に置いて支配人に納税や宿泊等の取扱いをなさしめた[8]。

安政6年、仙台藩の領となり、目付、代官、勘定方等が人夫を伴い来て丸山の麓に陣屋を構え、農家、大工、木挽等を移住させ、穀菜等の試作をなさしめる[8]。同年9月鹿児島藩領となり、同年転じて田安、一橋両侯家に分属され、田安家はビホロ川以北モンベツ川の間を領し、役宅を茂寄に、一橋家はビホロ川以南よりビタタヌンケまでを領し、役宅を音調津に設けた[3]。1871年、田安、一橋両家の支配を罷めた[3]。

年表

  • 縄文時代より栄える。装飾、石器などが発見されている。
  • 1630年(寛永6年) - 十勝神社の戸賀知明神社の創建。
  • 1630年(寛永10年) - 近藤重蔵が広尾郡の西隅にあたるビタタヌンケとルベシベツの間にルベシベツ山道を開削する。
  • 1636年(寛永12年) - アイボシマ付近の採金がはじまる。
  • 1822年(文政4年) - 再び松前藩領へ。
  • 1859年(安政6年) - トカチ陣屋が作られる。
  • 1871年(明治4年) - 浦河郡役所広尾出張所を置く[3]。
  • 1875年(明治8年)1月 - 茂寄郵便局を設ける[3]。2月戸長役場を置き、広尾、当縁二郡を管轄する[3]。
  • 1887年(明治20年) - 釧路郡役所の管轄となる[3]。
  • 1897年(明治30年) - 河西支庁の管轄となり、戸長役場の管轄区域を改め、当縁郡を割き、管轄を広尾全郡とし、茂寄村役場となる[3]。
  • 1899年(明治32年)4月 - 釧路裁判所茂寄出張所を置く[3]。
  • 1906年(明治39年) - 広尾郡茂寄村(もより)、当縁郡(とうぶい)大樹村、歴舟村(べるふね)、当縁村の一部が合併、二級町村制、広尾郡茂寄村が発足。
  • 1926年(大正15年) - 広尾村に改称。
  • 1928年(昭和3年) - 広尾郡大樹村(現大樹町)が分村。
  • 1946年(昭和21年) - 町制施行、広尾町となる。
  • 1984年(昭和59年) - ノルウェーのオスロ市からサンタランドの認定を受ける。
  • 2020年(令和2年) - 新型コロナウイルス感染症対策のための市内の小・中学校で臨時休校を実施[9]。十勝港祭りなどのイベントも中止された[10]。

行政

歴代首長

[11]

さらに見る 代, 氏名 ...
代氏名就任退任備考
茂寄村長・広尾村長・広尾町長(官選)
初田中好平1906年(明治39年)4月1日1908年(明治41年)11月4日
2浅山敬三郎1908年(明治41年)11月5日1911年(明治44年)3月31日
3天野剛1911年(明治44年)4月1日1916年(大正5年)8月23日
4高山広司1916年(大正5年)8月24日1920年(大正9年)2月23日
5山田力之助1920年(大正9年)2月24日1922年(大正11年)9月27日
6熊倉兼次1922年(大正11年)9月28日1924年(大正13年)10月31日
7坪谷寛吾1924年(大正13年)12月18日1927年(昭和2年)12月15日
8鶴岡七郎1927年(昭和2年)12月19日1930年(昭和5年)4月19日
9橋本粂之助1930年(昭和5年)4月20日1932年(昭和7年)4月24日
10小崎栄吉1932年(昭和7年)4月25日1936年(昭和11年)9月19日
11小池清治1936年(昭和11年)9月26日1941年(昭和16年)5月14日
12高橋武松1941年(昭和16年)5月15日1944年(昭和19年)5月15日
13佐藤伸昭1944年(昭和19年)5月16日1946年(昭和21年)1月7日
14高橋武松1946年(昭和21年)4月12日1946年(昭和21年)11月8日
広尾町長(公選)
15元野元吉1947年(昭和22年)4月6日1953年(昭和28年)12月30日2期
16真岩栄松1954年(昭和29年)2月1日1966年(昭和41年)3月15日4期
17本間次郎1966年(昭和41年)4月23日1970年(昭和45年)4月22日1期
18村上琢夫1970年(昭和45年)4月23日1976年(昭和51年)6月9日2期
19泉耕治1976年(昭和51年)6月10日2000年(平成12年)6月9日6期
20大野進2000年(平成12年)6月10日2008年(平成20年)4月29日2期
21村瀨優2008年(平成20年)4月30日2024年(令和6年)4月29日4期
22田中靖章2024年(令和6年)4月30日現職1期
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議会

町議会

経済

基幹産業は漁業、農業(畑作)、酪農。十勝港(国の重要港湾)がある。

農業

『大日本篤農家名鑑』によれば、茂寄村の篤農家は、「田中好平、中村就三、松本四郎、鈴木久太郎、鹽田辰之助、高木藤作、鹽崎政一郎、堀重松、岩浅伊三郎、榮元蔵、丹羽鍬治郎、長澤七次郎」などである[12]。

立地企業

組合

  • 広尾町農業協同組合(JAひろお)
  • 広尾漁業協同組合
  • 広尾町森林組合
  • 北海道農業共済組合(NOSAI北海道)十勝南部支所広尾分室
  • 南十勝生コンクリート協同組合
  • 広尾水産物仲買人協同組合

金融機関

郵便局

  • 広尾郵便局(集配局)
  • 豊似郵便局
  • 十勝野塚郵便局
  • 音調津郵便局
  • 広尾本通簡易郵便局

その他の企業・店

  • 岡嶋水産
  • 工藤水産
  • 山本水産
  • 鏑木水産
  • 中村商店

公的機関

行政機関

警察

消防

報道機関

姉妹都市・提携都市

教育

閉校された学校

  • 音調津小学校 2007/03
  • 音調津中学校 2007/03
  • 野塚中学校 2007/03
  • 広尾第二小学校 2011/03(広尾と広尾第二を統合。旧広尾第二小の校舎を広尾小として継続使用。)
  • 野塚小学校 2015/03
  • 豊似中学校 2017/03

交通

空港

港湾

1996年から定期航路として近海郵船のフェリーが上り便のみ寄航していたが、1999年(平成11年)11月に廃止されている。

鉄道

かつては広尾線が通っていたが、1987年(昭和62年)2月2日に廃止されている。町内には豊似駅、野塚駅、新生駅、広尾駅が設置されていた。

道路

天馬の橋

バス

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

文化財

道指定有形文化財

  • 東蝦新道記 - 十勝神社蔵、非公開
  • 円空作観音像 - 禅林寺蔵、非公開

町の文化財

  • 円空仏「厨子」、広尾学校扁額、トカチ陣屋の井戸枠、十勝神社の石灯籠など有形文化財13件
  • 仙台藩トカチ陣屋跡
  • 杉の樹林地 - 十勝神社

観光

祭り

  • つつじ祭り(6月第1日曜日)
  • 十勝港海上花火大会(8月第1土曜日)
  • ふるさと夏まつり(8月14日)
  • サンタランドイルミネーション点灯式(10月最終土曜日)
  • サンタの街イルミネーションコンテスト(11月第2土曜日 - 12月25日)
  • 海鮮山鮮まんぷくまつり(12月第2日曜日)

出身有名人

政治・経済

  • 中川一郎(政治家) - 衆議院議員。農林水産大臣等を歴任。中川文蔵の息子。
  • 中川義雄(政治家) - 元参議院議員、中川一郎の弟。
  • 喜多龍一(政治家) - 北海道議会元議長。
  • 中川新太郎(中川時計店代表)[16]
  • 鈴木千代秀(時計、貴金属、蓄音機小売・秀榮堂代表)[16]

学術

スポーツ

その他

ゆかりのある人物

脚注

参考文献

外部リンク

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