十河章浩 From Wikipedia, the free encyclopedia 国籍 日本出身地 高知県生年月日 (1967-02-18) 1967年2月18日(58歳)身長体重 175 cm65 kg十河 章浩基本情報国籍 日本出身地 高知県生年月日 (1967-02-18) 1967年2月18日(58歳)身長体重 175 cm65 kg選手情報投球・打席 右投右打ポジション 遊撃手、二塁手経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) 選手歴 高知高等学校 近畿大学 日本生命 監督・コーチ歴 日本生命国際大会代表チーム 日本五輪 1992年 この表について この表はテンプレートを用いて表示しています。編集方法はTemplate:Infobox baseball playerを参照してください。 ■プロジェクト:野球選手 ■テンプレート オリンピック 男子 野球 銅1992野球 十河 章浩(とおごう あきひろ、1967年2月18日 - )は、日本の元アマチュア野球選手、野球指導者。 高知高校では1年夏と3年夏に高知大会の決勝で敗れるなど、全国大会とは縁がなかった。高校卒業後は近畿大学に進み、4年生として迎えた1988年には全日本大学野球選手権大会決勝で上岡良一や佐々木主浩を擁する東北福祉大学と対戦。8回裏に決勝点となる逆転2ランを放ち、同校の初優勝に貢献した[1]。また、同年は日米大学野球選手権大会の日本代表にも野村謙二郎とともに遊撃手として選ばれ、主将を務めた[2]。第1戦ではアンディ・ベネスから本塁打を放っている[3]。関西学生野球リーグ戦ベストナイン3回[4]。 大学卒業後は日本生命に入社して硬式野球部に所属、1年目の1989年は松下電器の補強選手として第60回都市対抗野球大会に出場。日本石油との二回戦では延長10回に増永祐一からダメ押しとなる2点タイムリーを放つなど、主に代打として起用され、同年は二塁手として社会人ベストナインを受賞した。1990年に大島公一が入社すると二遊間のコンビを組み、同年は第17回社会人野球日本選手権大会で優勝を果たす。 1992年はバルセロナオリンピック野球日本代表に同僚の大島や杉浦正則とともに選ばれ、遊撃手のレギュラーとして起用された[5]。大会での打率は.250と高くなかったが、対キューバ戦と3位決定戦以外では安打を記録し、出塁率.400、チームトップの5盗塁などの働きでチームの勝利に貢献した[6]。なお、いずれも西正文が遊撃手として先発出場した予選と準決勝の対台湾戦では左翼手として起用されている。同年は遊撃手として社会人ベストナインに選出された。1993年アジア野球選手権大会では日本代表選手として優勝を果たした。1994年は仁志敏久の入社にともない、二塁手にコンバートされている[7]。1997年の第68回都市対抗野球大会では2本塁打を放つなどの活躍で優勝に貢献。表彰選手にも選ばれている。 現役引退後は日本生命のヘッドコーチを2シーズンにわたって務め、2002年限りで退部。7年間社業に就いた後、2010年からヘッドコーチとして現場に復帰、2014年から監督に昇格。就任2年目の2015年には第86回都市対抗野球大会でチームを自身の現役時代以来17年ぶりに優勝に導いた[8]。また第41回社会人野球日本選手権大会にも優勝し、夏秋連覇を達成した。 2021年10月31日をもって監督を退任。退任後は社業に専念する[9]。 脚注 ↑ 近大総監督 松田博明 泣き笑い指導者論(4) ↑ 朝日新聞、1988年6月27日付朝刊、P.26 ↑ 第17回日米大学野球選手権大会 公式記録 ↑ 歴代ベストナイン 関西学生野球連盟 ↑ 別冊宝島、1546号、P.79 ↑ 別冊宝島、1546号、P.82 ↑ 毎日新聞、1994年3月6日付朝刊、P.17 ↑ ひと:十河章浩さん=都市対抗野球で4回目の優勝を果たした大阪市・日本生命監督 毎日新聞 2015年7月30日付朝刊 ↑ “日本生命・十河章浩監督が退任、ヘッドコーチの梶田茂生氏が新監督就任”. 日刊スポーツ. (2021年10月30日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202110290000944.html 2021年10月30日閲覧。 関連項目 高知県出身の人物一覧 近畿大学の人物一覧 オリンピックの野球競技・メダリスト一覧 野球日本代表表話編歴 野球日本代表 - 1988年日米大学野球選手権大会監督 松田博明 コーチ 伊藤義博 竹内昭文 投手 上岡良一 志村亮 湯舟敏郎 葛西稔 小林昭則 酒井光次郎 長谷川滋利 捕手 金賀孝 瀬戸輝信 内野手 大川清 小川泰生 渋谷寿成 十河章浩 野村謙二郎 山路哲生 大森剛 長谷高成泰 外野手 新宅則和 笘篠賢治 福田英彦 大塚孝二 内匠政博 山崎繁孝 表話編歴 野球日本代表 - 1990年 第31回IBAFワールドカップ監督 山中正竹 コーチ 荒井信久 鍛治舎巧 野端啓夫 投手 石平英一 島崎毅 鈴木健 長野哲也 落合英二 小池秀郎 水尾嘉孝 捕手 定詰雅彦 高見泰範 内野手 足立修 佐藤雄樹 住吉義則 十河章浩 西正文 原井和也 若林重喜 外野手 佐藤真一 内藤雅人 中本浩 松本安司 表話編歴 野球日本代表 - 1991年アジア野球選手権大会 1 監督 30 山中正竹 コーチ 31 野端啓夫 32 荒井信久 投手 11 新谷博 16 西山一宇 17 若田部健一 18 渡部勝美 19 杉浦正則 20 小桧山雅仁 捕手 9 三輪隆 10 高見泰範 内野手 1 大島公一 3 若林重喜 4 西正文 6 小島啓民 7 十河章浩 8 丹波健二 24 四方田勇一 外野手 12 坂口裕之 23 町田公二郎 25 佐藤真一 26 中本浩 28 川畑伸一郎 表話編歴 野球日本代表 - 1992 バルセロナオリンピック 3 銅メダル監督 30 山中正竹 コーチ 32 荒井信久 35 野端啓夫 投手 12 佐藤康弘 14 杉山賢人 15 渡部勝美 16 西山一宇 17 小桧山雅仁 18 伊藤智仁 19 杉浦正則 捕手 10 高見泰範 23 三輪隆 内野手 1 大島公一 3 若林重喜 4 西正文 5 徳永耕治 6 十河章浩 7 小島啓民 8 小久保裕紀 外野手 9 坂口裕之 25 佐藤真一 26 中本浩 28 川畑伸一郎 表話編歴 野球日本代表 - 1993年アジア野球選手権大会 1 監督 川島勝司 コーチ 井尻陽久 山本清春 伊藤義博 投手 杉浦正則 高橋建 山部太 米正秀 渡辺秀一 川村丈夫 織田淳哉 捕手 田嶋大三 大久保秀昭 柳沢裕一 内野手 谷口英功 旗手浩二 松本尚樹 小久保裕紀 十河章浩 仁志敏久 外野手 高林孝行 梶田茂生 佐藤友昭 大野倫 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks