千葉信男

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本名 千葉 泰三[1]
生年月日 (1923-12-10) 1923年12月10日
没年月日 (1967-08-10) 1967年8月10日(43歳没)
ちば のぶお
千葉 信男
本名 千葉 泰三[1]
生年月日 (1923-12-10) 1923年12月10日
没年月日 (1967-08-10) 1967年8月10日(43歳没)
出生地 日本の旗 日本 東京都新宿区
身長 174 cm
職業 俳優コメディアン
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千葉 信男(ちば のぶお、1923年12月10日[2][3][1] - 1967年8月10日)は、日本俳優コメディアン

実業家の千葉芳男と友子(1896年生、宮城県の大友耕三の妹)の三男として東京府東京市淀橋区下落合(現在の東京都新宿区)に生まれる。兄に恭、茂、姉に篤子、弟に孝、芝之がいる。

父芳男は1889年11月3日宮城県志田郡仙台藩士族千葉軍記(農事試験場の助手を勤めたのち、上海に渡り、旅館の萬蔵館を経営)の長男として生まれ、東京商工学校卒業後、浅野セメントに入社し、本社検査課や川崎深川両工場のスレート部、共同販売会社主任、東京支店長心得などを務めたのち独立。1931年に日本スレート販売株式会社が創立されると社長となった。ほかに昭和機械工業株式会社代表、日華平紀廠と東洋建築板株式会社の取締役を務めた[4]

信男は智山中学校卒業。明治大学法学部[3][1]。 1946年、NHK東京放送劇団(第2期生[1])に入団[2][3]。翌年に退団し、三木鶏郎グループに参加[2][3]NHKラジオ「日曜娯楽版」の「冗談音楽」で活躍した。1950年、『笑う地球に朝が来る』で映画初出演。喜劇映画を中心に特異な存在感を示した。虻蜂座を経て[1]1951年民間放送開局とともにフリーランスとなり、ラジオテレビ舞台で活躍した。身長174センチ、体重100キロを越える巨体でアイロニカルな表情のコメディアンとして人気を得た[2][3]。出演作にマキノ雅弘監督の『次郎長三国志』シリーズ、黒沢明監督『赤ひげ』などがある[5]1963年時点では中川プロに所属していた[2]1967年8月10日、44歳にて没した。戒名は信生院藝能喜楽居士。仏教禅宗の信者であった。墓所は小平霊園(8-1-7)。

出演作品

脚注

外部リンク

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