群馬県太田市出身。太田市立宝泉東小学校、太田市立城西中学校、群馬県立太田女子高等学校、筑波大学体育専門学群卒業。筑波大学大学院人間総合学科学術院人間総合学科研究群博士前期課程体育学学位プログラム修了。
自転車競技(オムニアム)で世界チャンピオンとなった梶原悠未は大学の同期[1]。大学院修了後は染めQテクノロジィに就職[2]。
中学から陸上競技を始める。中学時代は走幅跳が専門で、全中やジュニアオリンピックなど全国大会に出場。高校時代は円盤投でインターハイに出場し入賞。大学、社会人時代ではトップクラスで活躍し、インカレ、日本選手権では表彰台に上がった。
大学生の時に兄弟子である小坂丈(121期)が筑波大学に陸上トレーニングに訪れていたことで小坂と面識ができ、小坂を通じてガールズケイリンの存在を知る[3][1]。2017年のガールズグランプリ(平塚)で、先行する奥井迪の姿を見て感動。奥井は2着だったが、半田のアスリート魂を激しく揺さぶった[2]。円盤投げでは限界を感じていたこともあり、2023年8月に本格的にガールズケイリンを目指すことを決意[3][1]、染めQテクノロジィを同年末に退職[2]。
2024年1月18日、日本競輪選手養成所第128回選手候補生入所試験に適性試験で合格[4]。在所中は自転車競技のエリートを育成するHPD教場にも選出され[5]、第2回トーナメント優勝、そして第3回記録会ではゴールデンキャップを獲得。競走訓練成績では21勝を挙げ、在所成績4位(適性組では1位)[6]。卒業記念レースでは決勝6着[7]。
2025年5月2日、熊本FII(競輪ルーキーシリーズ)でデビュー、3着。初勝利は翌3日。次戦であった5月16日からのいわき平FIIでは初日に落車、2日目以降は途中欠場。結局、その次の四日市FIIも負傷欠場し、ルーキーシリーズは4走(うち完走は3回)したのみに留まった。
2025年6月30日、川崎FIで本格デビュー。ただ、当日のガールズは2レースとも落車が相次ぎ失格も含めて途中欠場者が6名も発生したことで翌7月1日の2日目以降は補充が間に合わずレースカットとなり、第6レースで5着に終わった半田が止む無く強制的に途中欠場の憂き目に遭い[8][注釈 1]、本格デビュー場所は初日の1走だけで終わった。ただ、次戦である7月19日、地元・取手FIIでの決勝戦では、憧れであった奥井迪らを相手に打鐘すぎから逃げて1着となり、本格デビュー2場所目で初優勝を飾った[9]。同年は128期の中ではトップとなる767万1800万円を獲得した[10]。