南孝温
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生涯
学問
洪裕孫・鄭希良と同じく金宗直・金時習の弟子であった。領議政南在の5代孫であり。金宗直の門下で金宏弼・鄭汝昌などとともに修学し、朱渓正・李深源・安応世などと親交を結んだ。
特に36歳(1489年)に、関西地方を旅行し、平壌で詠んだ『檀君墓謁見』という詩が知られる。
檀君生我青丘衆 / 教我彝倫浿水邊 / 採薬呵斯今萬世 / 至今人記戊辰年
戊辰年とは檀君が建国した紀元前2333年である。この詩は檀君に対する賛美であり、関西地方の古朝鮮・高句麗・高麗などの遺跡地を踏破して、民族の自負心と矜持を現わした。檀君墓に対する論難で当時(1489年前後)平壌にあったという檀君墓に関心が集められていたからである[2]。
家族
- 曾祖父 : 南簡
- 祖父 : 南俊
- 祖母 : 姜碩徳の娘
- 叔父 : 南悌
- 叔父 : 南慄
- いとこ : 南孝純
- 父 : 南恮
- 母 : 李谷の娘
- 妻 : ?
- 子 : 南충세
- 壻 : 任誠
- 壻 : 이온언(한산군 이손의の三男)
- 孫娘(남충세の娘)壻:유관(左議政 유홍을の父)
- 孫娘(남충세の娘)壻:이강(한산군 이손의の孫)
- 妻 : ?
이강の長男이준인の娘が左議政유홍의の妻
著書
- 《秋江冷話》
- 《六臣傳》
- 《睡鄕記》
- 《秋江集》
- 《師友名行録》
- 《高談詭説》
- 《神論》