原田雄二
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1979年3月3日の阪神第1競走4歳以上オープン・キクマザクラ(7頭中5着)で初騎乗を果たし、24日の小倉第6競走5歳以上300万下・ミヤジダイコクで初勝利を挙げると、翌25日の小倉第2競走4歳未勝利・ウインマックスで初の2日連続勝利も記録[1]。5月20日の阪神第11競走4歳以上オープンでは12頭中10番人気のリネンジョオーに騎乗し、テンメイ・ハシコトブキ・リードスワローを抑えてバンブトンコートの2着に入り、同期の栗田伸一とのワンツーになった[2]。夏の小倉では7月21日・22日に2度目の2日連続勝利[3]を記録し、8月4日の第1競走3歳未勝利では10頭中9番人気のロックシャープで勝利し単勝17520円・枠連38910円の波乱を起こす[4]。12月1日の中京で初の1日2勝[3]を挙げ、初年度から2桁勝利の12勝[5]をマークするが、結局この年がキャリアハイ[5]となった。
2年目の1980年には冬の小倉で4勝[3]したほか、5月3日の阪神第7競走矢車賞をタニノチカラ産駒アヤブルー[6]で勝利して初の特別勝ち[3]を挙げたが、6ヶ月も勝ち星から遠ざかるなど[3]、7勝[5]に終わる。
3年目の1981年には後にジョーカプチーノの3代母に当たる[7]ジョーバブーンで特別戦を3勝し[8]、1982年のタマツバキ記念では14頭中10番人気のスズノラッキーで2着に入った[9]。
1983年には日高育成牧場で育った抽せん馬[10]カルストンイーデンで小倉3歳ステークス5着[11]、9月11日の阪神第4競走3歳新馬ではバミューダーでダイアナソロンの3着[12]に入り、4年ぶりの2桁勝利となる11勝[5]をマーク。
1984年には吉永正人・良人兄弟の実家である鹿児島吉永牧場[13]生産の九州産馬ヨシノアンズで阪神3歳ステークス5着[14]に入り、2年連続で11勝[5]をマークしたが、結局この年が最後の2桁勝利[5]となった。
1986年のカブトヤマ記念ではトウショウボーイ産駒の牝馬ラッキーオカメで13頭中10番人気ながら4着に入り[15]、1988年6月5日の阪神第7競走4歳400万下・クインモーニングが最後の勝利[16]を挙げ、吉永牧場[13]生産馬ヨシノトップに騎乗した1989年9月2日の小倉第8競走ひまわり賞(12頭中7着)を最後に現役を引退[16]。
騎手成績
脚注
- ↑ “原田雄二の近走成績”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “4歳以上|1979年5月20日”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “抽出[通算 1着レース]|原田雄二の騎手成績|競馬データベース - netkeiba.com”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “3歳未勝利|1979年8月4日”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “原田雄二の年度別成績”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “アヤブルー”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “5代血統表|血統情報|ジョーカプチーノ|JBISサーチ(JBIS-Search)”. www.jbis.or.jp. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “ジョーバブーン (Jo Baboon)”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “スズノラッキー (Suzuno Lucky)”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “育成牧場とは 日高育成牧場 JRA”. www.jra.go.jp. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “カルストンイーデン (Calstone Eden)”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “バミューダー (Bermuda)”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- 1 2 井口民樹『三冠騎手 吉永正人 - いま明かすドン尻強襲の秘密』(朝日新聞社、1986年)ISBN 978-4255860503、p101。
- ↑ “ヨシノアンズ (Yoshino Anne's)”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- ↑ “ラッキーオカメ (Lucky Okame)”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。
- 1 2 “原田雄二の近走成績”. netkeiba.com. 2025年7月18日閲覧。