古代史疑
松本清張による邪馬台国論
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概要
内容
学説史を跡づけた上で推論を示すスタイルをとり、これは著者の以後の古代史関連著作の多くに共通する特徴となっている。
参考文献
- 本書の刊行後、『邪馬台国の謎を探る』(1972年、平凡社)から『清張 古代游記 吉野ケ里と邪馬台国』(1993年、日本放送出版協会)に至るまで、著者による邪馬台国論は形を変えて展開されており、これらの著作には本書の補論・修正が含まれている。なかでも『邪馬台国 - 清張通史1』(1976年、講談社、1986年、講談社文庫)は、著者が「(自身の邪馬台国論として)いちばんまとまっていると思っている」[2]とする著作である。同書は講談社文庫版でさらに改稿されている。
- 最終版となった『清張 古代游記 吉野ケ里と邪馬台国』(1993年、日本放送出版協会)は、生前に企画されたものであり、没後、日本放送出版協会の編集者が、著者の著作として、著者朱筆入り原稿本と資料カードを元に、序章「Ⅰ 吉野ヶ里と邪馬台国の影」考と終章「Ⅲ 逃げ水 邪馬台国」の2章を追加するとともに、豊富な図版をページ上部に配置したレイアウトで造本し、遺族の了解を得て出版したとの趣旨が同書後記に表明されている。
- 『松本清張研究』第6号「特集・清張古代史の軌跡と現在」(2005年、北九州市立松本清張記念館編集・発行)
- 本書で提示された仮説または著者の邪馬台国論について、2005年時点での古代史専門家による評価を掲載している。