古史通
新井白石が著した古代史解釈の書
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概説
影響と価値
林羅山らの儒者は当時、倭人の祖は古代中国の呉の王である太白の子孫と考えていた。また『釈日本紀』の卜部兼方や一条兼良といった神道の立場の学者は、神は万物の宇宙の根源であり、高天原は虚空にあるとしている。これに対し、言葉の音訓から日神が立たれた土地は日立国で常陸という表記になり、高天原の高は旧事紀で高国と記述あり、即ち常陸国多珂郡であるという。
高天原とは私記には師説上天をいふ也按ずるに虚空をいふべしと見えたり後人の諸説これに同じ此等の説皆是今字によりて其義を
釋 ()し所也凡我國の古書を讀には古語によりてその義を解 ()くべし今字によりて其義を釋くべからず高の字讀で多珂 ()といふは古にいふ所の高 ()國舊事紀に見えしところなり多珂 ()國常陸國風土記に即チ今ノ常陸ノ國多珂ノ郡の地是也天の字古事記に讀ンで阿麻 ()といふと注しき上古の俗に阿麻といひしは海也阿毎 ()といひしは天也天亦稱して阿麻ともいふは其語音の轉ぜしなり原の字讀ンで播羅 ()といふ上古之俗に播羅 ()といひしは上也されば古語に多訶阿麻能播羅 ()といひしは多珂海上之 ()地といふがごとし[2]
また、言葉の音訓以外にも常陸国には「
古語に
播羅 ()といふは上也とはたとへば日本紀に川上の字を讀ンで箇播羅 ()といふがごとし今も常陸ノ國海上に高天 ()浦高天ノ原等の名ある地現存せり[2]
白石の没後、本書も忘れられていた感があったが、祭祀や神話を宗教的よりも現実の人間の歴史として解釈しようとしたことが注目され、水戸藩の文庫に収められて太宰春台・伊勢貞丈・三浦梅園に多大な影響を与えた。