古崎博

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古崎 博(ふるさき ひろし、1911年 - 没年不詳)は、日本の翻訳家教育者。主に中東イスラエル関連の著作の翻訳で知られる。また、鎮西学院(長崎県)関連の教育機関で理事長などを務め、オペラ蝶々夫人』の原作小説の日本語訳を出版したことでも知られる。

東京帝国大学理学部を卒業後、三井物産に勤務[1]

1940年昭和15年)、軍事物資である水銀調達の相談のため大連特務機関長・安江仙弘大佐を訪問した際、杉原千畝リトアニアユダヤ難民に大量の通過査証を発行していた話を聞き、その事実を記録した。この記録は戦後、杉原千畝の「命のビザ」に関する重要な証言資料の一つとなっている[1]

また、陸軍主計大佐の新庄健吉アメリカの国力を調べるためにニューヨークに赴いた際、三井物産社員として調査に協力している[2]

戦後は長崎県鎮西学院(旧・長崎ウエスレヤン短期大学など)に関わり、理事長などを歴任した[3]

主な訳書

脚注

外部リンク

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