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古渡城

名古屋市中区にあった城 From Wikipedia, the free encyclopedia

古渡城(ふるわたりじょう)は、尾張国愛知郡古渡(愛知県名古屋市中区)にあった日本の城(平城)。1534年(天文3年)に織田信秀により築城され、1548年(天文17年)に廃城となった。織田信長が元服した城として知られる[1]。

城郭構造 平城
築城主 織田信秀
築城年 天文3年(1534年)
主な城主 織田信秀
概要 logo古渡城 (愛知県), 城郭構造 ...
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古渡城
(愛知県)
古渡城址
古渡城址
城郭構造 平城
築城主 織田信秀
築城年 天文3年(1534年)
主な城主 織田信秀
廃城年 天文17年(1548年)
遺構 堀
指定文化財 未指定
位置 北緯35度9分8.09秒 東経136度54分7.05秒
古渡城の位置(愛知県内)
古渡城
古渡城
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古渡城跡碑がある真宗大谷派名古屋別院

歴史

天文3年(1534年)、織田信秀が東南方に備えるために築城した城。信秀は今川氏豊から奪った那古野城を、嫡男吉法師(織田信長)に譲り、この城を拠点とした。古渡遺跡群の一角に位置し、弥生土器の出土が確認されている。

東西140メートル、南北100メートルの平城で、四方を二重の堀で囲まれていた[2]。天文15年(1546年)、信長は古渡城にて13歳で元服する。天文17年(1548年)、美濃に侵攻した信秀の留守を狙い、清洲の守護代織田信友の家臣坂井大膳らが城下に攻め寄せ、この際に町は焼かれたが、落城はしなかった。同年、信秀は末森城を築いて移ったため、古渡城はわずか14年で廃城となった。遺構として、真宗大谷派名古屋別院敷地内にある古渡城跡碑と、古渡城の堀跡を利用した下茶屋公園(真宗大谷派名古屋別院に隣接)がある。

所在地

  • 愛知県名古屋市中区橘2-8

交通アクセス

脚注

外部リンク

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