古渡町
名古屋市中区の地名
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地理
歴史
町名の由来
江戸期の愛知郡古渡村を前身とする。当地の東側はかつて入江となっており、古くから渡しがあったとされる[3]。『延喜式』にみえる東海道の駅家「新溝駅」も当地付近に存在したという説が有力視されており、古代から渡津として発展したされる[3]。
地名は中世前期から確認でき、平安末期成立とされる『明月記』には以下のような記述がある[3]。
尾張旧渡者往昔海潮没岸之趾也 予赴東方時自鳴海到於此云々 — 『明月記』
ここにみえる「旧渡」が古渡のこととされ、平安末期の段階で既に入江が陸地化していたことが読み取れる[3]。
在愛知郡東條大宅郷内
東限於津開堤 限南古渡河 限西川河 限北同河 — 正和二年 阿闍梨頼意証文
熱田八剣宮灯湯□納地脇内古渡橋爪田地事
合参段大者
東限於律堤崎 限南同堤 限西古渡河 限北大道 — 建武四年 源信義証文
これらの史料から当地が古くは愛知郡大宅郷に属していたこと、「古渡河」という川や「堤」があったことが分かる[3]。
なお西側もかつては入江であったという説もある[5]。
行政区画の変遷
- 1871年(明治4年)9月29日 - 愛知郡古渡村・古渡新町・木場屋敷の各一部により、古渡町として成立[6]。
- 1878年(明治11年)12月20日 - 一部が伊勢山町・東古渡町・正木町に編入される[6]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市古渡町となる[1]。
- 1905年(明治38年) - 愛知産婆学校が設立される[7]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 中区成立に伴い、同区古渡町となる[6]。
- 1974年(昭和49年)5月11日 - 住居表示実施に伴い、1丁目の一部が松原三丁目および橘二丁目に編入される[6]。また、一部が橘二丁目に編入される[8]。
- 1977年(昭和52年)5月8日 - 伊勢山町・下茶屋町・東古渡町・正木町の各一部を編入する[1]。また、一部が金山一丁目に編入される[9]。
- 1980年(昭和55年)7月13日 - 一部が金山町一丁目・新尾頭一丁目に編入される[9]。
世帯数と人口
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる[WEB 11]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[WEB 12]。
| 番・番地等 | 小学校 | 中学校 | 高等学校 |
|---|---|---|---|
| 全域 | 名古屋市立正木小学校 | 名古屋市立伊勢山中学校 | 尾張学区 |
