古賀十二郎
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黒田藩長崎屋敷の御用達「万屋」の12代目として生まれる[2][3]。1895年、長崎市立商業学校を首席卒業[1]。在学中、菅沼貞風『大日本商業史』と呉秀三『シーボルト』を読み、長崎の歴史に興味を持つ[1][3]。1901年、高商附属外国語学校英語学科(現在の東京外国語大学)を卒業する[1][3]。東京外国語学校の同級生に永井荷風(中退)がいた[1]。
広島で3年間ほど英語教師を務めた後、長崎に帰郷して家業を継ぐ[1][3]。1912年に『長崎批評』を創刊し、1913年に第1期長崎史談会を設立するなど、長崎研究を本格化させる[3]。1919年の長崎市史編纂事業に際しては、編集主任として『長崎市史風俗篇』を完成させた[1][2]。内田魯庵は、朝日新聞において、同書を沼田頼輔『日本紋章学』と高野辰之『日本歌謡史』と並ぶ「日本三大名著」と絶賛した[1]。このほか、長崎に関する書籍を数多く手がけた。