武藤長蔵
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1881年、愛知県海部郡津島町(現・津島市)に武藤長八の二男として生まれた。東京高商専攻部(のちの旧制東京商科大学、一橋大学の前身)貿易科に進学して、1905年7月に卒業。
卒業後は東亜同文書院講師に就いた。1907年より長崎高等商業学校教授。1909年から 1912年まで、商学研究のためにアメリカ・イギリス・ドイツに3年間留学。この間、小泉信三などと交流をもった。1936年、長崎高等商業学校を退官し、名誉教授となった。ただし、退官以後も講師として教鞭を執り続けた。1939年1月、学位論文『日英交通史之研究』を慶應義塾大学に提出して経済学博士号を取得[1]。1942年6月、長崎市東山手で死去した。墓所は名古屋市東部の覚王山にある。