吉備弓削部虚空
日本古代の5世紀後半の官吏・豪族
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吉備弓削部 虚空(きびのゆげべ の おおぞら)は、日本古代の5世紀後半の官吏・豪族。
概要
考察
「弓削部」とは、弓作りの品部であり、吉備弓削部は下道氏の支配下にあった弓作り集団が、天皇家により「部」として召し出されたものと推察される。
吉備上道田狭の行動と併せてみると、吉備一族がしばしば朝鮮半島へ派遣され、その際に課せられた軍事面・経済面での負担が、反抗の大きな原因となったと考えられる[2]。
あるいは、虚空のような中小豪族の中には、前津屋に代表される、岡山市の造山古墳や総社市の作山古墳のような巨大古墳を建造する吉備大首長からの支配から離脱するため、大和政権と組んで、自立的な政治勢力を得ようとしていたのかも知れない。前津屋はこの動きを察知して、虚空の動きを阻もうとした可能性もある。
前津屋の事件とは、吉備社会内部の大首長対中小首長の構造を、大王側が利用して、大首長による叛乱の芽を未然に摘み取ったものととらえることもできる[3]。