吉川経義

平安時代末期から鎌倉時代初期の武士、御家人。吉川氏の祖・初代。駿河国吉河荘。従四位下、左衛門尉 From Wikipedia, the free encyclopedia

吉川 経義(きっかわ つねよし)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士御家人吉川氏の祖。

時代 平安時代末期 - 鎌倉時代初期
生誕 天承2年/長承元年(1132年
改名 入江経義(初名)→吉川経義
概要 凡例吉川経義, 時代 ...
 
吉川経義
時代 平安時代末期 - 鎌倉時代初期
生誕 天承2年/長承元年(1132年
死没 建久4年5月28日1193年6月28日
改名 入江経義(初名)→吉川経義
別名 三郎(通称)[1]、吉河経義、吉香経義
戒名 安養本無(法名)
墓所 静岡県静岡市清水区吉川の吉川氏墳墓
官位 従四位下左衛門尉
幕府 鎌倉幕府
主君 源頼朝
氏族 入江氏吉川氏
父母 父:入江景義[2]
正室:佐竹昌義の娘
友兼[1][2]
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生涯

寿永2年(1183年)に源頼朝から駿河国吉河荘(現在の静岡市清水区)を得た際に吉川氏(吉河・吉香)を名乗るようになる。この地に館を築き、吉川氏の本拠とした。

建久4年(1193年)5月28日に死去[1]。子の友兼が跡を継いだ。

昭和18年(1943年)に経義没後750年を記念して、子孫である子爵吉川元光によって合葬されたが、吉川氏のものと伝わる墳墓が現在も残っている。

脚注

参考文献

関連項目

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