吉田冬方 鎌倉時代後期の公卿。吉田経長の三男。従二位・権中納言。 From Wikipedia, the free encyclopedia 吉田 冬方(よしだ ふゆかた)は、鎌倉時代後期の公卿。藤原北家勧修寺流吉田家、権大納言・吉田経長の三男。官位は従二位・権中納言。 時代 鎌倉時代後期生誕 弘安8年(1285年)死没 不詳改名 冬方→端昭(法名)概要 凡例吉田冬方, 時代 ... 凡例吉田冬方時代 鎌倉時代後期生誕 弘安8年(1285年)死没 不詳改名 冬方→端昭(法名)官位 従二位、権中納言主君 後醍醐天皇氏族 藤原北家勧修寺流吉田家父母 父:吉田経長、母:葉室定嗣の娘兄弟 定房、隆長、冬方、頼国、清閑寺資房、経雅、経耀、大炊御門冬氏室、大炊御門冬氏室、二条為藤室テンプレートを表示閉じる 経歴 元亨3年(1323年)1月13日に参議に任ぜられるが、元徳元年(1329年)9月10日に出家し端昭と号した。その後の活動については解っておらず、没年も未詳である。 吉田家(のちの甘露寺家)と北条貞顕は、貞顕が鎌倉幕府15代執権となる前、六波羅探題として在京中に互いに繋がりがあり、その中でも冬方とは深く交流したとされている。この縁により、貞顕と吉田家出身とされる薬師寺殿との間に生まれた北条貞冬に「冬」の偏諱を与えたとされている[1]。 脚注 [脚注の使い方] [1]永井晋 2003, p. 19. 参考文献 永井晋『金沢貞顕』日本歴史学会編、吉川弘文館〈人物叢書〉、2003年。ISBN 4-642-05228-3。 Related Articles