吉見百穴
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埼玉県の中央部、吉見丘陵の南西端に位置する古墳時代後期の横穴墓群であり、横穴墓の数は確認できるだけで219基ある。また、同じ敷地内に第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)に掘削された地下軍需坑道跡が存在する[2]。一般的に吉見百穴は古墳時代後期の横穴墓群と軍需坑道跡の双方を指して用いられている[2]。吉見百穴の約2.5キロメートル北東には、同時代の遺跡「黒岩横穴墓群」がある。
吉見百穴では江戸時代中期には数基の横穴が開口した状態となっていたが、それが何かはわかっていなかった[3][4]。
明治期に坪井正五郎が地元の人々の協力を得て発掘調査を行い237基の横穴が発掘された[3][4]。その後、明治期から大正期にかけて横穴の性格を巡って、住居とする説と墳墓とする説の間で激しい論争となったが、日本各地で同様の横穴の研究が進んで横穴式の墓と考えられるようになった[3][4]。
丘陵一帯は掘削に適した凝灰質砂岩で、横穴墓の内部は前庭部、羨道(せんどう)、玄門、玄室からなる[4]。玄室の平面形態で8形式、天井の断面形態で6形式に分類されている[4]。入口には緑泥石片岩の閉塞石が設置されていたとみられ、棺座が複数あるものも存在していることから、一つの横穴墓に次々と死者を葬る追葬も行われていたと考えられている[4]。
太平洋戦争末期に丘陵斜面に地下軍需工場(トンネル)が建設され、その際に横穴墓10数基が壊され219基となった[3][4]。
1923年(大正12年)3月7日に国の史跡に指定された[5]。吉見百穴の岩山の下方にはヒカリゴケが自生している穴があり[6]、1928年(昭和3年)11月30日に「吉見百穴ヒカリゴケ発生地」として国の天然記念物に指定されている[7]。埼玉県立比企丘陵自然公園の区域内にあり、国史跡・比企城館跡群の一つ松山城なども含めて周辺は「吉見町百穴ふるさとの緑の景観地」として整備されている[8]。
「百穴」の読み
- 「ひゃくあな」「ひゃっけつ」という2種類の読み方があり、歴史辞典、考古学辞典等にも両様の読み方がある。
発掘の歴史と論争
弥生土器発見者の一人でもある東京大学の学生坪井正五郎は、1884年(明治17年)に人類学会を創設した。そして大学院生となった坪井は1887年(明治20年)、卒業論文の一環として吉見百穴の発掘を行い、地元の素封家で貴族院議員、郷土史家根岸武香が発掘を支援した。吉見百穴の発掘は、日本における人類学、考古学の黎明期に、その中心人物である坪井の手によって行われたものであり、日本考古学史上重要な位置を占める[10]。
発掘調査の後、坪井は横穴を住居とする説を唱えた。その趣旨は以下の通り。
- 住居用の設備、構造を有している。
- 日本人の住居としてはサイズが小さすぎる。
- よってコビトのような日本の先住民族、コロポックルの住居として作られたものであろう。
- その後、古墳時代に葬穴用に再利用された穴もある。
しかしすぐに、弥生土器の共同発見者であり人類学会創設の同志である白井光太郎が神風山人の名[11]で学会誌に反論を掲載した[12]。白井は、横穴は墓であるとした。白井ら及び後の研究による反論の趣旨は以下の通り。
- 住居とするだけの十分な証拠がない。
- またコロポックルの存在確認が出来ない。
- 台座状の構造や副葬品、壁画など古墳の石室と同様の特徴がある。
- 薄葬令が出された時期と穴建設が盛んとなった時期がおおむね一致する。
- したがって横穴は最初から墓として作られたものである。住居ではない。
当初、坪井対白井の構図に論客を交えて「居穴か墓か」論争が続いたが、明治時代から大正時代にかけての考古学の発達及び坪井の死去(1913年(大正2年))によりコロポックル住居説は衰え、集合墳墓という説が定説となっていった。そして吉見百穴は1923年(大正12年)、国の史跡に指定された。また地元松山高校郷土部は永く地域の埋蔵文化財の調査を行っており、吉見百穴についても調査に貢献している。
- 吉見百穴入口
地下軍需工場跡

太平洋戦争末期、東京では中島飛行機の工場が空襲を受け、まだ被害のなかった同社の大宮工場を移転することになった[3]。網の目状に張り巡らされた地下空間はダイナマイトとツルハシによる人海戦術で作られ、トンネルの直径は幅約4メートル、高さ約2.2メートルほどである[3][13]。この際、元から存在していた横穴が十数個崩されて消滅している[14]。
跡地は崩落の危険があるため、2023年現在立入禁止となっており、出入口には鉄格子が取り付けられている[13]。
トンネル内の軍需工場としては、大日本兵器(大日本帝国海軍戦闘機用のエリコン機銃製造所)の星川工場が、廃坑内に建設された例がある。
- 横穴群と軍需工場出入口
