呉服橋 (猪名川)
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| 呉服橋 | |
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| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 大阪府池田市 - 兵庫県川西市間 |
| 交差物件 | 猪名川 |
| 用途 | 道路橋 |
| 路線名 | 国道176号 |
| 管理者 | 国土交通省近畿地方整備局 |
| 座標 | 北緯34度49分35.7秒 東経135度25分19.4秒 / 北緯34.826583度 東経135.422056度座標: 北緯34度49分35.7秒 東経135度25分19.4秒 / 北緯34.826583度 東経135.422056度 |
| 構造諸元 | |
| 全長 | 117.2 m |
| 幅 | 18.8 m |
| 地図 | |
| 呉服橋の位置 | |
| 関連項目 | |
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呉服橋(くれはばし)は、淀川水系の猪名川に架かる橋である[1][2]。「呉服橋」の名称は、かつて池田が「呉服の里」と呼ばれていたことに由来する[2]。かつては、順礼橋[3](または巡礼橋[4])と呼ばれ、表記された。
由来
「順礼橋」という名称は、西国三十三所における第23番札所の応頂山勝尾寺と第24番札所の紫雲山中山寺とをつなぐ巡礼道の途上に架けられていることに由来する[2][12]。
1815年(文化12年)、順礼橋の建設工事が完成される[3][13][14]。高槻土砂奉行に届けられた仕様書によれば、長さは 65 間(およそ 118.3 メートル)、幅は 2 間(およそ 3.6 メートル)であった[14]。同年3月12日に、渡り初めが行われている[14]。
1822年(文政5年)、橋が大きく破損する[15]。1866年(慶応2年)8月16日、橋の8割程度が破損する[16]。1877年(明治10年)頃に、大規模な架け替え工事が行われ、名称が呉服橋に変更された[17]。
1921年(大正10年)頃に、洪水により 1/3 が流失する[18]。橋が産業道路のルートの一部となったために、架け替え工事が行われ、1932年(昭和7年)に渡り初めが行われている[18]。1996年(平成8年)にも、架け替え工事が行われている[1][19]。

