和倉温泉
石川県七尾市にある温泉
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和倉温泉(わくらおんせん)は、石川県七尾市に位置する温泉。能登観光の玄関口となっている七尾湾に面した海辺の温泉街である[3]。
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和倉温泉 | |
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| 温泉情報 | |
| 所在地 | |
| 座標 | 北緯37度5分12秒 東経136度55分6秒 |
| 交通 |
鉄道: JR西日本・のと鉄道和倉温泉駅 バス: 北鉄能登バス・能登島交通「和倉温泉BT」、加越能バスわくライナー「和倉温泉観光会館」 車: 能越自動車道和倉IC |
| 泉質 |
塩化物泉 (ナトリウム・カルシウム) |
| 泉温(摂氏) | 89.1 °C |
| 湧出量 |
約2,618 t/日 (約1,600 L/分) |
| pH | 7.6 |
| 液性の分類 | 弱アルカリ性 |
| 浸透圧の分類 | 高張性 |
| 宿泊施設数 | 22[1] |
| 総収容人員数 | 9,171 人/日 |
| 年間浴客数 | 102.2万 |
| 統計年 | 2005年(平成17年) |
| 外部リンク | 和倉温泉~わくらづくし~(和倉温泉観光協会/和倉温泉旅館協同組合[注釈 1]) |
温泉街
七尾市の海岸沿いに位置する和倉町から奥原町、石崎町にかけての温泉郷である[3][注釈 2]。
2024年(令和6年)1月1日の能登半島地震発生時点では宿泊施設22軒(和倉温泉旅館協同組合加盟は21軒[4])と総湯などがあり、宿泊客が帰途についた後は全館が休業したが、同年3月26日には総湯が利用できるようになった[1]。同年5月3日には旅館「花ごよみ」が、復旧要員以外の観光客受け入れを地震後の和倉温泉では最初に再開[4]。同年11月1日時点では4軒が一般客を受け入れており、その他にも復旧工事関係者限定の宿泊所になっている施設があった[5]。その後、2026年3月時点で和倉温泉旅館協同組合加盟施設のうち9軒が営業を再開している[6]。和倉で最も知名度が高い加賀屋のように建て替えを実施する旅館もある[6]。
4月と8月には花火大会[7]、6月の第二週末には能登よさこい祭り[8]など各種イベントが開催される。
宿泊施設
「和倉温泉」は和倉温泉旅館協同組合[注釈 1]が所有する地域団体商標である[3]。
◎和倉温泉5号8号10号13号源泉使用
泉質
歴史

平安時代に遡る開湯伝説がある。地名の和倉とは「湧く浦」、つまり湯の湧く浦(入り江)であり、海の中から発見された[12]。そのため、潮が退いている時でないと湯を利用することができなかったが、近世には七尾城主の畠山氏、加賀藩主前田氏によって温泉が整備され、共同浴場が置かれた。
温泉地として本格的に開発されたのは明治時代になってからであり、第二次世界大戦後になって交通アクセスの向上に伴い、温泉街も大規模化した[12]。高度経済成長期に入ると能登観光ブームが湧き起こり、その後七尾線の電化に伴い特急列車乗り入れが始まり、宿泊客が急増した。
一時は、同じ石川県内の片山津温泉や隣県である福井県の芦原温泉と同じく歓楽街的な要素を持っていたが、今日その傾向は薄く、『旬刊旅行新聞』が主催する「日本のホテル旅館100選」にて「日本一の旅館」に度々選ばれた加賀屋の影響もあって、各旅館とも高級指向を全面に打ち出している。県内温泉地では、山代温泉と宿泊客トップを競う形となっている。
2007年に発生した平成19年能登半島地震、2024年元日に発生した令和6年能登半島地震で大きな被害を受けた。後者では旅館に源泉の湯が届かなくなっていたが、配管を修理し、1月16日に配湯の復旧がなされた[13]。和倉温泉創造的復興まちづくり推進協議会が「和倉温泉創造的復興プラン」を2025年(令和7年)3月18日に発表した[14]。
沿革
- 大同年間(806年 - 809年):薬師嶽の西にある円山の湯の谷で温泉が湧出。その後、源泉が海中へ移動[15]。
- 永承年間(1046年 - 1052年):漁師夫婦が、湯気の立つ海上で身を癒す白鷺を見て、「湯の湧き出づる浦」すなわち「湧浦」(わくら)を発見[15]。
- 1611年(慶長16年):加賀藩第2代藩主前田利長が、腫物治療のため「湧浦の湯」を取り寄せる[15]。
- 1641年(寛永18年):第3代藩主前田利常の命により、湯口を整備して周辺を埋め立て、橋を架けて「湯島」とする工事が始まる。半農半漁の7軒があるのみだった一帯が以後、温泉街となるきっかけとなる[15]。
- 1654年(承応3年):湯治客相手の宿方稼が認められる。幕末には上方(京と大坂)にも知られるようになる[15]。
- 1674年(延宝2年):藩命により「和倉」へ改名[15]。
- 1871年(明治4年):廃藩置県で七尾は金沢県、次いで七尾県となる。和倉温泉は村の共有地となる[15]。
- 1880年(明治13年):前年からの湯島周辺の埋め立てにより、本土と陸続きになる[15]。ドイツで開かれた万国鉱泉博覧会で三等賞受賞[15]。
- 1947年(昭和22年)10月28日:昭和天皇が銀水閣に宿泊(昭和天皇の戦後巡幸)。町民らが船上から提灯と万歳による奉迎を行う[16]。
- 1953年(昭和33年)10月22日:昭和天皇、香淳皇后が加賀屋に宿泊(第13回国民体育大会後の行幸啓)。町民らが提灯行列と船上から太鼓の演奏で奉迎を行う[17]。
- 2007年:3月25日に発生した平成19年能登半島地震により被災。ほとんどの旅館が休業するが、4月1日までに営業を再開。
- 2024年
- 1月1日:令和6年能登半島地震により被災。
- 3月26日:総湯が営業再開[1]。
- 5月3日:観光客の宿泊が「花ごよみ」で再開[4]。
- 2024年(令和7年)3月18日:「和倉温泉創造的復興プラン」発表[14]。
交通アクセス
周辺施設
テレビ番組
- 『日経スペシャル ガイアの夜明け』第265回「よみがえれ!温泉街~老舗の熱海・地震が襲った能登~」(テレビ東京、2007年5月29日放送)[19]:同年の地震でキャンセルが相次いだ和倉温泉「加賀屋」の女将と若い仲居たちの奮闘を取材。
