1929年(昭和4年)、東方文化学院東京研究所が創設された際、中田薫が、当時東京帝国大学大学院に在った仁井田陞を研究所の助手に推挙した[1][3]。同時に、中田が「唐令の復旧並其の史的研究」を仁井田に委嘱した(『唐令拾遺』中田序)[1]。その期待通り、4年で仁井田は本書を完成させ、中国法制史の研究に多大な貢献を果たすことになった[1]。
同時に、厳密なテキスト・クリティークを課し、従来見られなかったような成立年代の比定を行なった。巻末には、75種の書名を挙げる「採択資料索引」および、その版本・所蔵機関が採録されている[1][3]。同様の姿勢は、牧野巽との共著である「故唐律疏議製作年代考」(『東方学報』東京1・2、1931年)にも見られる[4]。
本書には、当時新出資料であった敦煌文献が数点含まれている。1937年(昭和12年)発行の『唐宋法律文書の研究』には、より多種の敦煌およびトルファン等の出土の文献が引用されている[5]。ただし貸借・売買などの私法領域の文書ではあるが。