善行団地
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| 善行団地 | |
|---|---|
| 町丁 | |
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善行団地 | |
北緯35度22分04秒 東経139度27分51秒 / 北緯35.367744度 東経139.464247度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 地区 | 善行地区 |
| 人口情報(2023年(令和5年)9月1日現在[1]) | |
| 人口 | 3,943 人 |
| 世帯数 | 2,370 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.218942692 km² | |
| 人口密度 | 18009.28 人/km² |
| 郵便番号 | 251-0877[3] |
| 市外局番 | 0466(藤沢MA)[4] |
| ナンバープレート | 湘南 |
善行団地(ぜんぎょうだんち)は、神奈川県藤沢市にある団地。都市再生機構(通称:UR都市機構)によって供給・管理されている。同地の町名でもあり、住居表示実施済み区域[5]。
町名の変遷
1962年(昭和37年)から1966年(同41年)にかけて、当時の日本住宅公団によって建設された。
1965年(昭和40年)11月16日に「藤沢唐池郵便局」が置かれた[6]。2005年9月5日に「藤沢善行団地内郵便局」と改称されている。
隣接する敷地には、1988年(同63年)に善行第二団地が、1990年(平成2年)に善行第三団地が、1991年(同3年)に善行第四団地がそれぞれ建設されている。URにおける管理上では、善行・第二・第三・第四はそれぞれ独立した別の団地として扱われているが、1987年(昭和62年)11月8日に実施された住居表示[7]は同じ「善行団地」で、住棟番号も同街区であれば連番となっている。
| 実施後 | 実施年月日 | 実施前(特記なければ各字名ともその一部) |
|---|---|---|
| 善行団地 | 1987年11月8日 | 大字藤沢字中原・字唐池、大字石川字色子、大字大庭字唐池、大字稲荷字唐池(全域) |
地理
街区は第二-第四団地まで含めて7つに区分けされているが、うち第6街区は全域が藤沢市立善行小学校の敷地であるため、住棟は存在しない。
団地内を東西に通るバス通りにより、1・4・7街区を含む南地区と、2・3・5街区を含む北地区とに大きくわかれる。南地区の小学生は大越小学校、北地区の小学生は善行小学校に通う。善行小学校とバス通りを挟んで目の前にある7街区の小学生も遠い大越小学校に通うことになる。これはバス通りを渡るのが危険であるという判断からとのこと。
以前、3街区には大きな谷間がある芝生の空き地があった。谷間の隅には排水トンネルのようなものが存在し、森へと続いていた。これは善行団地造成前の面影が残るものだったが、現在では埋め立てられて善行第三団地が建っている。なお、3街区のマーケットがある商店周辺には、藤沢善行団地内郵便局が存在している[8]。かつては有人出張所である横浜銀行善行出張所がおかれていたが、2011年現在は無人出張所である同行善行団地出張所に置き換えられている。 2街区東端より数十メートルの距離に第弐聖佳幼稚園が存在したが、閉園となっている。
最寄り駅である善行駅から団地へは直線距離はさほど遠くないが、中間に谷が存在するため、徒歩で往復すると行き・帰りどちらも勾配のきつい坂を上らなければならない。そのため、善行駅からは神奈川中央交通の路線バスが短距離ながら比較的頻繁に発着している。
構成
- 1街区(1-12号棟)
- 2街区(1-17号棟、うち17号棟は善行第四団地)
- 3街区(1-22号棟、うち14-19号棟は店舗・医療機関・郵便局、20-22号棟は善行第三団地)
- 4街区(1-10号棟、うち10号棟は善行第二団地)
- 5街区(1-12号棟)
- 6街区(善行小学校敷地のため住棟なし)
- 7街区(1-11号棟)
世帯数と人口
2023年(令和5年)9月1日現在(藤沢市発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 町丁 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 善行団地 | 2,370世帯 | 3,943人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 6,797 |
| 2000年(平成12年)[10] | 5,915 |
| 2005年(平成17年)[11] | 5,156 |
| 2010年(平成22年)[12] | 4,661 |
| 2015年(平成27年)[13] | 4,317 |
| 2020年(令和2年)[14] | 4,105 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[9] | 2,425 |
| 2000年(平成12年)[10] | 2,347 |
| 2005年(平成17年)[11] | 2,360 |
| 2010年(平成22年)[12] | 2,344 |
| 2015年(平成27年)[13] | 2,319 |
| 2020年(令和2年)[14] | 2,339 |
