辻堂元町
神奈川県藤沢市の地名
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地理
歴史
平安時代は、大庭御厨の一部で伊勢神宮の荘園であった。辻堂村の中心地であり、近代は、京浜工業地帯の一部として工場が置かれた。
沿革
- 平安時代中期(10世紀) - 相模国高座郡土甘(とかみ・となみ)郷の一部となる。
- 1104年(長治元年)頃 - 鎌倉景正が大庭御厨を開拓し、その一部となる。
- 1159年(平治元年) - 諏訪大社の分神を祀り、諏訪神社が置かれる。
- 鎌倉時代 - 辻堂および茅ヶ崎を含む広域地名として、「八的ヶ原(やまとがはら)」、後に「八松ヶ原(やつまつがはら)」と呼ばれる(鎌倉時代の当地の動きについては大庭御厨も参照)。
- 1873年(明治6年)5月1日 - 神奈川県が区番組制を施行し、辻堂村は第17区となる。小字および地番が制定される。
- 1878年(明治11年)11月18日 - 郡区町村編制法により、行政区画としての高座郡辻堂村が編成され、当地はその一部となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制が施行され、辻堂村、大場村、羽鳥村および稲荷村が合併し、神奈川県高座郡明治村となる。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 明治村、藤沢大坂町および鵠沼村が合併して、藤沢町となる。
- 1916年(大正5年)11月21日 - 「請願ニ依ル通信施設ニ関スル件」(大正4年12月1日勅令第215号)に基づく請願により辻堂郵便局が開局[7]。
- 1935年(昭和10年)8月24日 - 神奈川県道辻堂線(後の神奈川県道308号辻堂停車場辻堂線)が開通。
- 1940年(昭和15年)10月1日 - 藤沢町が市制施行し藤沢市となる[8]。
- 1961年(昭和36年)
- 5月29日 - 神奈川県道藤沢小和田線(後の神奈川県道30号戸塚茅ヶ崎線)が開通。
- 12月 - 中川電機(後の松下冷機)藤沢工場が、辻堂5066番地(後の辻堂元町六丁目4-3)に竣工[9]。
- 1963年(昭和38年)11月 - 小矢部松下精工(後の湘南松下エコシステムズ)藤沢工場が、後の辻堂元町六丁目4-2に竣工[10]。松下電器産業(後のパナソニック)藤沢工場が、後の辻堂元町六丁目4-1に竣工[11]。
- 1967年(昭和42年)10月1日 - 辻堂元町一丁目から六丁目までを新設[12]。

Fujisawa サスティナブル・スマートタウン
2009年までに撤退が完了しているパナソニック(旧松下電器産業)グループの工場跡地(辻堂元町六丁目4-1)にて、太陽光発電システムや家庭用蓄電池などを街全体に大規模配備し、各家庭(スマートハウス)にネットワーク家電を一元管理するスマートエナジーゲートウェイ(SEG)などを導入した1,000世帯規模の新しい街(スマートシティ)を作る「Fujisawa サスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)」[15]構想が計画されており[16][17][18]、「藤沢環境創造都市」として経団連の「未来都市モデルプロジェクト」にも指定されている[19]。総事業費は約600億円を予定しており、藤沢市とパナソニックが主体となって他にアクセンチュア、オリックス、日本設計、三井不動産、三井物産、住友信託銀行、東京ガス、パナホームの8社が参加を表明している。
Fujisawa サスティナブル・スマートタウン(Fujisawa SST)は、2014年4月26日にまちびらきを迎え[20]、2018年度に全世帯の入居・完成を予定。パナソニックでは今回のプロジェクトにおける成果を「藤沢モデル」として世界に売り込んでいく考えである[21]。
なお、第2弾として横浜市港北区綱島に米・Appleの研究開発施設を柱とした「Tsunashima サスティナブル・スマートタウン(Tsunashima SST)」が計画され、2018年にまちびらきを迎えた。
