嘉義県 (日本統治時代) From Wikipedia, the free encyclopedia 嘉義県 台湾の県 ← ← 1897年 - 1898年 → → 歴史 - 創立 1897年 - 廃止 1898年 現在 南投県南部、雲林県、嘉義市、 嘉義県、台南市北部 嘉義県(かぎけん)は、日本統治時代の台湾の地方行政区分のひとつ。 清朝統治時代の台湾の嘉義県および雲林県の領域を管轄した。現在の南投県南部、雲林県、嘉義市、嘉義県、台南市北部に当たる。 歴史 沿革 1897年(明治30年)6月10日 - 六県三庁制の施行に伴い台南県嘉義支庁および台中県雲林支庁が分立し成立[1]。 1898年(明治31年)6月18日 - 三県三庁制の施行に伴い廃止となり台南県および台中県に編入する。 行政 歴代県知事 小倉信近:1897年6月14日[2] - 1897年12月30日[3] 磯貝静蔵:1898年3月29日[4] - 1898年6月18日 脚注 [脚注の使い方] ↑ 《臺灣總督府府報》〈府令第二十號〉,1897年6月10日 ↑ 『官報』第4184号、明治30年6月15日。 ↑ 『官報』第4408号、明治31年3月16日。 ↑ 『官報』第4420号「叙任及辞令」明治31年3月30日。 表話編歴日本統治時代の台湾の行政区画(1895年 - 1945年)三県(民政支部)一庁(1895年 - 1897年) 台北県 台湾県(1895年:台湾民政支部、1896年:台中県) 台南県(1895年 - 1896年:台南民政支部) 澎湖島庁(1895年 - 1897年5月:澎湖列島行政庁) 六県三庁(1897年 - 1898年) 台北県 新竹県 台中県 嘉義県 台南県 鳳山県 宜蘭庁 台東庁 澎湖庁 三県三~四庁(1898年 - 1901年) 台北県 台中県 台南県 宜蘭庁 台東庁 澎湖庁 恒春庁(1901年台南県より分立) 二十庁(1901年 - 1909年) 宜蘭庁 基隆庁 台北庁 深坑庁 桃園庁 新竹庁 苗栗庁 台中庁 彰化庁 南投庁 斗六庁 嘉義庁 塩水港庁 台南庁 鳳山庁 蕃薯藔庁 阿緱庁 恒春庁 台東庁 澎湖庁 十二庁(1909年 - 1920年) 宜蘭庁 台北庁 桃園庁 新竹庁 台中庁 南投庁 嘉義庁 台南庁 阿緱庁 台東庁 花蓮港庁 澎湖庁 五州二~三庁(1920年 - 1945年) 台北州 新竹州 台中州 台南州 高雄州 台東庁 花蓮港庁 澎湖庁(1926年まで高雄州澎湖郡) Related Articles