国鉄EF12形電気機関車

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軸配置 1C+C1
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500 V
全長 17,500 mm
国鉄EF12形電気機関車
形式図
形式図
主要諸元
軸配置 1C+C1
軌間 1,067 mm
電気方式 直流1,500 V
全長 17,500 mm
全幅 2,810 mm
全高 3,990 mm
運転整備重量 99.50 t
動輪上重量 85.40 t
動力伝達方式 1段歯車減速、吊り掛け式
主電動機 MT39×6基
歯車比 20 : 83 = 1 : 4.15
制御方式 非重連、3段組合せ、弱界磁制御
制御装置 電磁空気単位スイッチ式
制動装置 EL14AS空気ブレーキ、手ブレーキ
最高運転速度 65 km/h
定格速度 39.5 km/h(1,350 V、1時間、全界磁)
定格出力 1,600 kW(1,350 V、1時間)
定格引張力 15,100 kg(1,350 V、1時間、全界磁)
諸元の出典:『電気機関車形式図』日本国有鉄道、1963年、23頁。
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EF12形は、1941年昭和16年)から日本国有鉄道の前身である鉄道省が製造した貨物用直流電気機関車である。

貨物用電気機関車であるEF10形の改良増備車として、主電動機を従来標準のMT28(端子電圧675ボルト時1時間定格出力225キロワット)から新開発のMT39(端子電圧675ボルト時1時間定格出力267キロワット)へ変更して出力アップを図った形式である。

1941年(昭和16年)から1944年(昭和19年)にかけて17両が日立製作所日本車輌製造汽車製造三菱重工業で製造された[1]

17両という一見中途半端な製造両数は、1942年(昭和17年)に完成・開通が予定されていた関門トンネル用としてEF10形を17両投入することが予定されていたため、EF12形の新製増備と共にEF10形を大里機関区へ玉突き転出させる計画があったことに由来する。もっとも、1941年(昭和16年)末の対米英開戦後、資材難等から増備は遅々として進まず、全機が出揃ったのは1944年(昭和19年)9月にずれ込んだ。

1941年(昭和16年)中に完成したEF12 1 - 8は性能はもとより出来栄えも優れ、省形電気機関車中最優秀と称えられたが、1942年(昭和17年)後半以降完成のEF12 9 - 17は準戦時設計となり、一部機器や銅材の省略、木材等代用材の使用増加、動輪上重量維持のためコンクリートの死重搭載、車体外板の薄板化に表面ひずみ修整の省略などが実施されており、竣工時期が後になるほど出来栄え、信頼性は落ちていった。

それでも戦後間もない時期は、追って投入された戦時設計として更に構造や工作が簡略化されたEF13形や、新設計の主電動機を搭載する新形式であるEF15形の初期車に比べると高い稼働率を誇り、運転・保守双方からの評判も高かったとされる。

設計

車体

車体は同時期製造のEF10 34以降とほぼ同一の全溶接構造箱形デッキ付きで、外観上の相違点はナンバープレート以外にはほぼ皆無であった。

尾灯は外付け式だが、EF12 6以外は1960年代に車体組み込み式に改造されている。

台車

台車はHT56A、先台車もLT113とEF10形後期車と設計が共通する機種が採用されているが、主台車については主電動機支持架の設計変更によりサフィックスが付与されてHT56Aとなっている。

主台車は棒台枠構造+重ね板ばねによるオーソドックスな仕様のものであり、EF10形の一部で試験的に採用された一体鋳鋼製台車枠は、戦時体制への移行で製造メーカーである住友金属工業軍需最優先となって製造が困難となった[2] ことから一切採用されていない。

主電動機

上述のとおり、主電動機は在来のMT28から設計を全面変更し、出力の約2割増大を実現したMT39が採用された。

同時期には鉄道省制式電車でも主電動機が100キロワット級のMT15から128キロワット級のMT30へ移行しており、絶縁材の耐熱性能に関する研究が進み、温度上昇を伴う電流量増大に対する耐性の強化が実現したことが見て取れる。

こうして主電動機の定格出力が約2割増加したことで牽引力が増大し、牽引定数の1,000トンから1,200トンへの引き上げと、これに伴う輸送力の増強が可能となった。

運用

脚注

関連項目

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