国頭方西海道

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国頭方西海道経路図

国頭方西海道くにがみほうせいかいどう)とは琉球王国時代、琉球王国によって築かれた古い街道、宿道(すくみち)のうち、首里を起点に浦添山を通り、国頭地方へ続いている部分である[1]恩納村内にある、真栄田の一里塚、フェーレー岩、仲泊遺跡などの史跡・遺跡では古の面影が残る[2]国道58号に一部重なる[3]

琉球王国時代に作られた主要道(宿道)のひとつ。沖縄本島の西側を通る中頭方西海道、国頭方西海道と、東側を通る中頭方東海道、国頭方東海道の4つの道がある[4]。 読谷の喜納から恩納を経由し、国頭方面に続く道を「国頭方西海道」と呼んだ[5]

国頭西海道は喜名番所から恩納番所、名護番所を通り、名護で本部番所方面と羽地番所に分かれる。本部番所・羽地番所から今帰仁番所までの道と、羽地番所から大宜味番所を通って国頭番所に至る道とがある[6]。 現在の読谷村恩納村名護市本部町今帰仁村大宜味村国頭村にかかる道である[7]

番所は当時の行政区分である間切の役所のことである[8]

史跡

出典

参考文献

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