永禄5年(1562年)に土屋定政の長男として誕生した。幼少より武田勝頼に仕える。これは、父・土屋定政が武田家譜代であったため、家格に応じて子も早くから武田家中に出仕したと考えられる。長篠の戦いでの大敗後、武田家は急速に弱体化し、武田家滅亡後、天正20年(1592年)武蔵国八王子に閑居する。武田遺臣が多く移り住んだ地域である。以降、政治・軍事の表舞台から退き、比較的静かな余生を送ったとされます。その後に病により歩行が不自由となる。戦場での負傷が原因か、加齢による病かは明らかでない。
寛永12年(1635年)6月23日、74歳にて没する。