土屋氏
日本の氏族
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歴史
甲斐の土屋氏
志摩荘の地頭・土屋氏

甲斐国では、戦国時代以前から土屋氏の痕跡が見られる[4]。『甲斐国志』によれば、現在の甲斐市島上条字大庭に志摩荘の地頭である土屋氏の居館が存在した伝承があったという[4]。志摩荘は鎌倉時代初期には立荘されていた荘園で、戦国時代には同荘を灌漑する上条堰が開削された[4]。島上条村続には土屋氏居館のほか、甲斐守護・武田信重が奉納した嘉吉3年(1443年)12月晦日の年記を持つ(わにぐち)が伝わる八幡神社が所在している(鰐口は現在、南巨摩郡富士川町の最勝寺 所蔵)[4]。『甲斐国志』によれば同社には川除神事が伝えられており、守護武田氏や土屋氏の崇拝を受けていた神社であると考えられている[4]。
武田氏家臣の土屋氏と遺臣
戦国時代の甲斐土屋氏は甲府盆地西部の西郡を本領とし、南アルプス市徳永に居館が所在していたと言われる。金丸氏と同族。金丸氏居館跡には土塁の一部が現存している。戦国時代後期には武田家臣・金丸筑前守(虎義)の次男昌続(昌次、右衛門尉)が当主武田晴信(信玄)の近習として仕える。昌続は土屋氏の名跡を継承し、原昌胤らと信玄・勝頼期の側近・奉行人として仕えた。
また、武田氏海賊衆の土屋貞綱は元は岡部姓であったが土屋姓の名乗りを許され、昌続実弟である昌恒を養子としている。昌続・貞綱は天正3年(1575年)の長篠の戦いにおいて戦死し、昌恒は兄]昌続・養父貞綱双方の家臣を継承している。昌恒は天正10年(1582年)3月11日に、織田・徳川連合軍の甲斐侵攻に際して勝頼に従い戦死している[5]。
『寛政重修諸家譜』によれば、まだ幼少であった昌恒の子・忠直は母とともに脱出したという[5]。天正10年(1582年)6月の本能寺の変後に天正壬午の乱を経て甲斐国は徳川家康が領した。武田遺臣が家康に提出した天正壬午起請文では土屋氏の同心70名が井伊直政に付属していることが確認される[5]。『寛永諸家系図伝』『寛政譜』によれば土屋忠直は家康の側室である阿茶局により養育され、慶長7年(1602年)に上総国久留里藩主となる[5]。宗家である久留里藩主家は改易されて旗本になる(『忠臣蔵』において吉良義央邸の隣人として登場する旗本「土屋主税」は同家の土屋逵直のことである)が、分家の土浦藩主家は老中土屋政直を輩出するなど大名家の格式を守って明治維新に至る。
維新後、最期の土浦藩主土屋挙直は1869年(明治2年)の版籍奉還で知藩事に転じ、1871年(明治4年)の廃藩置県まで務めた。1884年(明治17年)に華族令施行と共に子爵家に列する。土屋正直子爵は東宮御学問所御用掛・東宮侍従などを歴任した後、三ツ輪銀行頭取を務めた。その一人息子土屋秀直は慶應義塾大学の学生であったが剣岳登山中に雪崩に遭遇して落命する(剱沢小屋雪崩事故)。代わって養子として家督を継いだ土屋尹直子爵は三井物産を経て、養父と同じく三ツ輪銀行頭取を務め、その後は式部官兼主猟官・兼内大臣秘書官・貴族院議員を歴任した。土屋子爵家の邸宅は東京府東京市中野区本町通にあった[2]。
人物
系譜
※ 実線は実子、二本斜線は養子や婿。 三浦義継 中村宗平 ┃ ┃ 岡崎義実 土屋宗遠 ┃┏━━━━━━━━━━━━╋━━━┳━━━┳━━━┓ ┃∥ ┃ ┃(駿河大平郷)┃ 義清 〔源平合戦〕 忠光 宗光 京蔵 四郎 ┣━━━┳━━━┳━━┓ ┃ ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 妙慶 義政 義成 義秀 忠綱 光時 光康 ┃ (紀伊) ┃ (出雲) ┣━━━━━━━━┳━━━━━━━┓ ┃ ┃小松原地頭職へ┃ 垣屋氏へ 常秀 宗長 遠経 康遠 西妙 (紀伊) ┣━━┳━━┓ ┃ ┃ (河内) 林氏へ 良胤 光秀 重秀 時村 貞遠 伊香賀地頭職へ ┃ ┃ ┃ ┣━━┓ ┃ ┃ ┃ 貞包 貞氏 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 宗将 ┃ ┃ ┃ ┃ 良基 宗経 重時 秀遠 ┃ ┃ ┣━━┓ ┃ ┃ 道遠 兼遠 ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ ┃ 宗弘 兼義 ┃ ┣━━┓ ┃ ┣━━┓ 宗義 重久 重連〔明徳の乱〕宗貞 義宗 宗英 ┃ ┏━━━┫ ┃ (美濃・丹後)∥ ┃ (美濃・越前) 〔上杉禅秀の乱〕 坪倉氏へ 範貞 氏遠 坪倉氏へ ┃ ┃ 〔本領喪失、応永25年(1418年)〕 範次 景遠 ┏━━━┫ ┣━━━┓ ∥ ∥ ┃ ┃ 武田光重 長野藤直 勝遠 忠景 ┃ ┃ ┃ 長野藤継 信遠 忠致 ∥ ┃ ┃ 金丸虎嗣 昌遠 重平 ┃ ┃ ┃ 金丸虎義 円都 忠重 ┃ ┃ ┣━━━━┓ ┃ ┃ ∥ ∥ 土屋昌次 知貞 金丸虎義 岡部貞綱 ∥ ┃ ┣━━━━━━┳━━━━┓ 金丸昌恒 知義 金丸平三郎 土屋昌次 土屋昌恒 ┃ ┃ ┃ 〔関ヶ原の戦い〕 知治 土屋定政 忠直 ┃ ┃ ┣━━━━━━┓ 知康 政成 上総久留里藩 へ 土屋数直 ┃ ┃ ┃ 知寿 徳川家旗本 へ 常陸土浦藩 へ ┃ 徳川家旗本 へ
忠直 ┣━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ 利直 数直 之直 ┣━━┳━━━┓ ┣━━┓ ┣━━━━━━━━┓ 直樹 相馬忠胤 喬直 政直 水野雅直 朝直 茂直 ┣━━┓ ┣━━┳━━┓ ┣━━┳━━┳━━━━━━━━∥ ┣━━┓ ∥ 逵直 渡辺武 安直 縄直 倫直 昭直 定直 陳直 好直 興直 秀直 縄直 ┣━━┳━━┓ ∥ ┣━━┓ ∥ ┃ ┃ 亮直 好直 友直 易直 篤直 戸田氏純 友直 応直 守直 ┣━━┳━━┳━━┓ ┣━━┓ ┣━━┳━━┓ ┃ ┏━━╋━━┓ ┣━━┓ 興直 易直 良直 松平昌豊 匡直 松平昌戩 寿直 泰直 英直 敬直 幸直 業直 群直 廉直 村上正名 ┣━━┳━━┓ ∥ ┃ ┣━━┓ ┃ 雄直 道直 知直 盛直 寛直 致直 光直 温直 ∥ ∥ 群直 彦直 ┃ 寅直 ∥ 挙直 ┃ 正直