土屋詮教 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 (1872-07-16) 1872年7月16日 日本福島県福島市死没 1956年1月1日(1956-01-01)(83歳没)出身校 早稲田大学研究分野 仏教学土屋 詮教人物情報生誕 (1872-07-16) 1872年7月16日 日本福島県福島市死没 1956年1月1日(1956-01-01)(83歳没)出身校 早稲田大学学問研究分野 仏教学研究機関 文学寮、第四仏教中学、第一仏教中学、早稲田大学テンプレートを表示 土屋 詮教(つちや せんきょう、1872年7月16日- 1956年)は、日本の仏教学者。専門は日本仏教史。号は「極東」。 出生から修学期 1872年(明治5年)、福島県福島市の浄土真宗本願寺派康善寺で生まれた。早稲田大学に入学。1896年、早稲田大学文科を卒業。 京都時代 卒業後の1897年、京都・西本願寺の文学寮教授(龍谷大学の前身[1])となった。しかしながら、1899年、教学部門を辞めて『明教新誌』記者となった。 東京時代 1900年(明治33年)、『東京朝日新聞』記者、曹洞宗中学林講師となった。1902年、広島の第四仏教中学講師に就任。1904年から1906年まで、東京の第一仏教中学に勤務。1905年、母校の早稲田大学講義録編輯主任として勤務し初め、後に講師を兼ねた。1918年(大正7年)、早稲田大学主事となった。そして、大学内に結成された早稲田大学仏教青年会の監督をつとめ、同会の発展の基礎を築いた。1929年、『佛教年鑑』第1巻が刊行されたが、その際には編集責任者をつとめ、当時の仏教の教勢をつぶさに調べあげた。同年鑑はその後1938年まで全9巻が発行され、日本の近代における仏教の歴史的展開を研究する上で、きわめて貴重な史料となっている。 1956年に死去。享年84歳。 著作 著書 『真宗通鑑』九皐堂 1899 『日本宗教史』早稲田大学出版部 1907[2]。 改題再版『日本宗教史 民間信仰論選集 第2巻』クレス出版, 2016[3] 『明治仏教史』(青年仏教叢書 20)東京帝国大学仏教青年会編, 三省堂 1939 『明治仏教史概説 廃仏毀釈とその後の再生』書肆心水 2017[4][5] 『大正仏教史』(青年仏教叢書 31) 三省堂 1940 脚注 ↑ 西本願寺の学林に由来し、1888年の大学林例により、考究院・内学院および文学寮(普通教校を改称統合)の二院一寮制を採用 ↑ 日本基督教団に9代市川団十郎及び初代三遊亭円朝の教導職任命のことなど仏教以外のことも記している。 ↑ 再版にあたって、西村明編が解説を担当している。 ↑ サンプル ↑ 再版にあたり、辻善之助『明治仏教史の問題』を併録。 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF WorldCat 国立図書館 アメリカ 日本 学術データベース CiNii Books CiNii Research その他 IdRef Related Articles