地獄のロック・ライダーII〜地獄への帰還

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『地獄のロック・ライダーII〜地獄への帰還』
ミートローフスタジオ・アルバム
リリース
録音 1991年8月 - 1993年6月
ロサンゼルス オーシャン・ウェイ・レコーディング
ニューヨーク ザ・パワー・ステーション
ジャンル ハードロック、アリーナ・ロック、ロック・オペラ
時間
レーベル MCAレコードアメリカ合衆国の旗カナダの旗
ヴァージン・レコード
プロデュース ジム・スタインマンロイ・ビタン、スティーヴン・リンコフ
専門評論家によるレビュー
チャート最高順位
  • 1位(アメリカ[1]、イギリス[2]、オーストラリア[3]、オーストリア[4]、オランダ[5]、カナダ[6]、スイス[7]、スウェーデン[8]、ドイツ[9]、ニュージーランド[10]
  • 2位(ノルウェー[11]
  • 89位(日本[12]
ミートローフ アルバム 年表
Live at Wembley
(1987年)
地獄のロック・ライダーII〜地獄への帰還
(1993年)
ウェルカム・トゥ・ザ・ネイバーフッド〜地獄からの脱出
(1995年)
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地獄のロック・ライダーII〜地獄への帰還』(原題:Bat Out of Hell II: Back into Hell)は、アメリカ合衆国ロック歌手ミートローフ1993年に発表したスタジオ・アルバム。7年振りのスタジオ・アルバムで、1977年に発表されたアルバム『地獄のロック・ライダー』の続編に当たる作品。アメリカやヨーロッパ等で大ヒットを記録しており、『ビルボード』1999年12月25日号によれば、1990年代のアメリカで87番目の売り上げを記録したアルバムである[13]

ミートローフのアルバム『デッド・リンガー』(1981年)がリリースされた後、ミートローフに多くの楽曲を提供していたジム・スタインマンは、ミートローフ及び当時の所属レーベルのエピック・レコードに対して訴訟を起こし[14]、両者の間に不和が生じた。しかし、ミートローフとスタインマンは、本作で再び共同作業を行った[14]

スタインマンは、本作では全曲の作詞・作曲に加えてプロデューサーも務め、ロイ・ビタンとスティーヴン・リンコフが共同プロデューサーとしてクレジットされた[15]。1977年のアルバム『地獄のロック・ライダー』をプロデュースしたトッド・ラングレンは、今回はボーカル・アレンジやバッキング・ボーカルで参加した。

北米ではMCAレコード、ヨーロッパではヴァージン・レコードからリリースされ、日本では当時ヴァージンの日本盤発売元となっていた東芝EMIから発売された。

反響・評価

アメリカではBillboard 200で自身初の1位獲得を果たし[1]、1993年12月にはRIAAによってトリプル・プラチナに認定され、1995年4月には5×プラチナに達している[16]。本作からのシングルは3曲が全米トップ40ヒットとなり、「愛にすべてを捧ぐ」はBillboard Hot 100で1位、「ロックンロール・ドリームス」は13位、「バック・ミラーに映るオブジェクト達」は38位に達した[1]。また、ミートローフは「愛にすべてを捧ぐ」でグラミー賞最優秀男性ロック・ボーカル・パフォーマンス賞を受賞し、自身初のグラミー受賞を果たした[1]

全英アルバムチャートでは『デッド・リンガー』(1981年)以来の1位獲得を果たし[2]、1993年9月から12月にかけて、途中でニルヴァーナペット・ショップ・ボーイズテイク・ザットフィル・コリンズに1位を奪われながらも合計11週にわたり1位を記録した[17]

音楽評論家のStephen Thomas Erlewineはオールミュージックにおいて「アレンジから曲の長さに至るまで、このアルバムはすべてにおいて大げさ」としながらも「それがまさにこのアルバムのポイント」と評し、更に「オリジナルの継承者にふさわしい」と評している[18]

収録曲

参加ミュージシャン

脚注

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