地震滝橋
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| 地震滝橋 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 新潟県妙高市大字杉野沢 - 長野県上水内郡信濃町大字野尻 |
| 交差物件 | 関川 |
| 用途 | 道路橋 |
| 路線名 | 新潟県道280号・長野県道119号杉野沢黒姫停車場線 |
| 管理者 | 長野県北信建設事務所 |
| 施工者 |
北信土建・オリエンタルコンクリート(旧橋) 角藤(現橋) |
| 開通 |
1968年(昭和43年)11月20日(旧橋) 1998年(平成10年)4月(現橋) |
| 座標 | 北緯36度50分43.3秒 東経138度9分19.6秒 / 北緯36.845361度 東経138.155444度 |
| 構造諸元 | |
| 形式 |
単径間下路ローゼ橋(旧橋) 単径間単純鈑桁橋(現橋) |
| 材料 | 鉄筋コンクリート(旧橋)・鋼(現橋) |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
地震滝橋(ないのたきはし)は、新潟県妙高市大字杉野沢 - 長野県上水内郡信濃町大字野尻の関川に架かる新潟県道280号・長野県道119号杉野沢黒姫停車場線の桁橋。
歴史
永久橋が架設される以前では木造方杖橋であった[2]。
長野県では1936年(昭和11年)に中島武によって世界で初めての鉄筋コンクリートローゼ橋(RCローゼ橋)である大手橋が架設されたこともあり多数のRCローゼ橋が架橋されていた。地震滝橋の架設の際には長野県はRCローゼ橋誕生の地であることから本形式を採用することが決まり、長野県により1968年(昭和43年)11月20日に開通した[2]。本橋では下弦材にプレストレスト・コンクリートを採用しより長い支間にも適用できるように試みられ、当時横河工事副社長であった中島武による視察も行われた。しかしながらその後RCローゼ橋が架橋されることはなく結果、地震滝橋が最後のRCローゼ橋となった[3]。
このローゼ橋は1995年(平成7年)に7.11水害の際に関川の河幅が3倍になるほどの洪水によって落橋した。復旧は長野県によって行われ、仮橋によって交通を処理した後、1998年(平成10年)4月に単純鈑桁橋の新橋が架設された[4][5]。
本橋下流左岸側には7.11水害の記念碑として一里塚が設置された[6]。
