坂俊介

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出身地 日本の旗 日本 東京都
生年月日 (1978-07-01) 1978年7月1日(47歳)
血液型 B型
最終学歴 早稲田大学卒業
ばん しゅんすけ
坂 俊介
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 東京都
生年月日 (1978-07-01) 1978年7月1日(47歳)
血液型 B型
最終学歴 早稲田大学卒業
勤務局 RSK山陽放送
部署 ラジオ局ラジオ制作部
職歴 ラジオ局アナウンス部(2002年4月-2003年3月)
→報道局報道部(2003年4月-2007年3月)
→営業局営業部(2007年4月-2016年3月。途中より主任)
→ラジオ局ラジオ制作部(主任。2016年4月-2021年3月)
→ラジオ局ラジオ制作部(主査。2021年4月- )
活動期間 2002年 -
配偶者 あり
著名な家族 坂信一郎(父、元文化放送アナウンサー)
公式サイト 公式プロフィール
出演番組・活動
出演中 本文参照
出演経歴 本文参照

坂 俊介(ばん しゅんすけ、1978年昭和53年〉7月1日 - )は、RSK山陽放送 (RSK) ラジオ局ラジオ制作部主査、アナウンサー

幼少時には百合丘(文化放送社宅)調布三田で育った。実家は神楽坂近くにある。港区立赤羽小学校、攻玉社中学校・高等学校早稲田大学卒業。

2002年 RSK山陽放送入社(同期は小沢典子)。

2016年にアナウンス職に復帰[1]

父親は元文化放送アナウンサーの坂信一郎[2]。既婚。

人物・エピソード

  • 父がフリーアナウンサーになった1988年に一家は引っ越すことになったために転校することになり、学校の友達とも別れ、その上父は仕事でほとんど家に居なかったという。小学生時代の当人はそんな父が好きではなく、当時はアナウンサーになろうとは思っていなかったという[3]
  • 学生時代に所属した早稲田大学アナウンス研究会[4]では委員長を務めた。
  • 2002年に入社時、アナウンス部に配属されたが、RSKラジオニュースで2分間居眠りをしたことがきっかけで、わずか1年で報道部へ異動となった[1]
  • 報道部異動後4年間報道記者を務め[3]、営業部への異動が決まった時に、営業部の先輩から「部長は今まで出会ったことの無いくらいのいい人だ。だまされたと思って来い」と言われ、行ってみたら当人曰く「その通りの部下を守ってくれるようないい人だった」ということで、初めて「この人のために仕事をしたい」と思ったという[3]。この間12年間アナウンス職を離れていたが、営業部時代に立ち上げたスポンサーPR番組でのラジオパーソナリティぶりがきっかけとなり、2016年にアナウンス職に復帰した。(ただし、アナウンス部ではなく、ラジオ制作部所属)
  • 営業部に在籍していた間、父からは「岡山で営業やってるくらいなら、東京へ戻って来い」と言われたという[3]
  • 2021年2月20日、シティライトスタジアムで開催された明治安田生命J2リーグ開幕戦 ファジアーノ岡山 vs ヴァンフォーレ甲府の実況中継で、山梨放送櫻井和明と実況バトルを行った[5][注 1]なお、この放送は山梨放送にも中継された。
  • 2023年4月より担当しているラジオ番組「OKYAAAMA!〜大都会オカヤマな夜〜」が2023年度日本民間放送連盟賞エンターテインメント部門 中四国地区審査「最優秀賞」、全国優秀賞を受賞した[6]
  • ラジオ放送における座右の銘は「ラジオは人肌」であると、本人が(*´Д`)ハァハァしながら吐露している(2026年3月11日放送「OKYAAAMA!~大都会オカヤマな夜~」第152回放送にて本人談)。

担当・出演番組

脚注

外部リンク

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