坊城俊周
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東京市で伯爵・坊城俊良の四男として生まれる[1][3]。1947年、学習院高等科文科を卒業[2]。1948年から宮内庁式部職嘱託となり、歌会始講師(こうじ)、宮中歌会始披講会会長を務めた[2]。
1949年、文化放送に入社[2]。1958年、フジテレビジョンに転じ、編成局長、取締役、常務を歴任し、1998年に退任した[2]。また、1980年には共同テレビジョン社長に就任し、会長も務めた[2]。
1960年4月6日、フジの『スター千一夜』に島津貴子が出演した[5]。これには当時芸能部、第二班長だった坊城の側面からの協力が大きかった[5]。というのも、島津家と坊城家は戦前から親交があって、坊城の両親が、島津久永・貴子の結婚の仲人をしたからである[5]。貴子が出演したこの日は、ちょうど新婚1ヶ月目に当たり、三木鶏郎がインタビューアーだった[5]。視聴率は、41.5%であった[5]。