堀井城
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(兵庫県) | |
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堀井城跡は現在、堀井城跡ふれあい公園として整備されている | |
| 城郭構造 | 平城 |
| 築城主 | 不明(堀井氏?) |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 不明(堀井氏?) |
| 廃城年 | 不明 |
| 遺構 | 曲輪、堀、土塁 |
| 指定文化財 | 史跡等未指定[1] |
| 位置 | 北緯34度53分11.6秒 東経134度55分17.6秒 / 北緯34.886556度 東経134.921556度座標: 北緯34度53分11.6秒 東経134度55分17.6秒 / 北緯34.886556度 東経134.921556度 |
| 地図 | |
堀井城(ほりいじょう)は、兵庫県小野市河合西町字構46にあった日本の城。城跡は、2020年(令和2年)4月1日に「堀井城跡ふれあい公園」として整備・公開されている[2]。
四方に堀と土塁を巡らせた典型的な中世城館跡(平城)である。敷地は東西160メートル×南北200メートルの規模を持つ[3]。周囲には「外堀」や「土居」、「城成」という小字地名が残っており、明治時代に修復が行われて方形居館の外観が明確にされた[4]。城主は不明で、一説に堀井氏(掘井某)とされるが[4]、室町時代に播磨国の守護職であった赤松氏の家臣の居城とも考えられている[2]。
小野市河合地区は、中世の京街道(京都―姫路)と加古川が交差する軍事上重要な位置にあり、堀井城の南南には河合城[5]、東には小堀城があり[6]、3つの城はともに赤松氏の東播磨支配の拠点として機能していたと考えられている[2]。
所在地
兵庫県小野市河合西町構46
