堀田正頌 From Wikipedia, the free encyclopedia 堀田正頌 堀田 正頌(ほった まさつぐ、天保13年11月13日(1842年12月14日) - 明治29年(1896年)5月11日)は、下野国佐野藩の最後の藩主。堀田家正高流分家8代。 堀田正修の長男。官位は従五位下、左京亮、摂津守、信濃守。 父が早世したため、嘉永3年(1850年)2月9日に祖父の正衡の継嗣となる。安政元年(1854年)11月29日、祖父の死去により13歳で家督を継いだ。若年のため、西村茂樹が補佐役となって藩政を取り仕切った。藩校・観光館を設立するなど、優れた政治手腕を見せている。安政4年(1857年)9月15日、将軍徳川家定に拝謁する。同年12月16日、従五位下・摂津守に叙任する。後に右京亮、摂津守に改める。 慶応4年(1868年)4月4日、新政府軍に武器を献上する。同年10月23日、明治天皇に拝謁する。明治2年(1869年)6月22日、版籍奉還により佐野藩知事に任じられた。明治4年(1871年)7月15日、廃藩置県により退任する。同年9月6日、東京に移住する。1884年(明治17年)7月8日、子爵を叙爵した[1]。 家族 父母 堀田正修(父) 養子 堀田正路 - 北条氏恭の次男 脚注 ↑ 『官報』第308号、明治17年7月9日。 日本の爵位 先代叙爵 子爵(佐野)堀田家初代1884年 - 1896年 次代堀田正路 表話編歴堀田家佐野藩藩主 (1854年 - 1871年)佐野家 佐野信吉1600-1613 富田信高の事件に連座し、改易 1613年から1684年まで幕府領 堀田家 堀田正高1684-1698 近江堅田藩に転封 1698年から1826年まで幕府領 堀田家 堀田正敦1826-1832 堀田正衡1832-1854 堀田正頌1854-1871 廃藩置県 Related Articles