塩澤稀夕
From Wikipedia, the free encyclopedia
経歴
三重県立伊賀白鳳高等学校では2年時からチームのエースを務め、2年時のインターハイでは5000mで5位入賞、3年時のインターハイでは5000mで7位入賞。なお、どちらの年も日本人トップは遠藤日向が獲得した。3年時の全国高校駅伝では1区2位の走りで総合5位に貢献した。
2017年、高校3年時の全国高校駅伝で1区区間賞の名取燎太、区間3位の西田壮志と共に東海大学に進学。館澤亨次、鬼塚翔太ら1学年先輩の「黄金世代」に対して、3人は「三羽烏」と呼ばれた。しかし、西田が箱根駅伝で活躍し、総合優勝に貢献した一方で故障もあり、3年次になるまでに出走したのは1年次の全日本大学駅伝のみであった。
大学三大駅伝の本格参戦となった3年次では、全日本大学駅伝では3区を走り区間3位で優勝に貢献。第96回箱根駅伝では連覇を目指して2区を走ったが、当時1年生の岸本大紀にラストで振り切られ、青山学院大に敗れた。
4年次には駅伝主将を務め、全日本大学駅伝で連覇を目指し、3区2位の走りをするも、8区で名取が田澤廉に敗れ連覇はならなかった。第97回箱根駅伝では1区のスローペース合戦を序盤から支配するような立ち回りをしていたものの、ラストで鎌田航生に振り切られ区間2位。3区で石原翔太郎が区間賞の走りでトップに立ったものの、4区で伊賀白鳳高の後輩でもある佐伯陽生のブレーキ、5区でも西田が前回に引き続き2年次ほどの走りができなかった誤算もあり、総合5位に終わった。