石原翔太郎
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| 選手情報 | ||||
| ラテン文字 | Shotaro Ishihara | |||
| 国籍 |
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| 競技 | 陸上競技 | |||
| 種目 | 長距離走 | |||
| 大学 | 東海大学体育学部 | |||
| 生年月日 | 2002年1月4日(23歳) | |||
| 出身地 |
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| 身長 | 174cm | |||
| 体重 | 60kg | |||
| 自己ベスト | ||||
| 1500m | 3分47秒85(2024年) | |||
| 5000m | 13分29秒21(2022年) | |||
| 10000m | 27分53秒19(2025年) | |||
| ハーフマラソン | 1時間03分48秒(2021年) | |||
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石原 翔太郎(いしはら しょうたろう、2002年1月4日[1] - )は、日本の陸上競技選手。兵庫県たつの市出身。東海大学体育学部卒業、SGホールディングス所属。陸上競技部に所属し、専門種目は長距離走。
大学時代
中学校はたつの市立龍野東中学校、高校は倉敷高等学校、大学は東海大学出身。
- 大学1年次
- 第52回全日本大学駅伝対校選手権大会で三大駅伝デビューを飾ると、いきなり4区で区間新記録をマーク。箱根駅伝では、3区へ出走し1年生ながら区間賞の活躍でチームをトップへと押し上げた[2][3]。
- 大学2年次
- 関東インカレ1部では、流通経済大学のサムソン・ディラングと先頭争いを演じ、2位(日本人トップ)の28分05秒91を記録した。しかし、6月に恥骨結合炎と大腿骨を疲労骨折し、三大駅伝は全て欠場。チームとしても全日本大学駅伝、箱根駅伝ともにシード権を逃した。
- 大学3年次
- 7月のホクレン千歳大会で5000mに出場し、自己ベストを更新。箱根駅伝予選会では積極的な走りを見せたが、終盤のアクシデントでペースを落とし、個人47位。チームはギリギリの9位で本戦出場となった[4]。約3週間後の全日本駅伝では3区を走り、区間賞を獲得[5]。完全復活を印象付けたが、チームは2年連続のシード落ちとなった。第99回東京箱根間往復大学駅伝競走では、初めて花の2区を任され、区間4位の走りで9人抜きを達成[6]。しかしチームは15位で2年連続のシード落ちとなり、再び予選会に回ることになった。
- 大学4年次
- 5月の全日本大学駅伝関東地区選考会では最終4組に出場し、10000m28分37秒33(日本人2位、全体7位)で走りチームは3位で10年連続の本戦出場を決めた[7][8]。8月に開催されたユニバーシアードでは5000mの日本代表とした出場し、4位だった[9]。10月の第100回箱根駅伝の予選会は欠場した[10]。チームは苦戦するも10位で通過し、11年連続で本戦出場を果たした[11]。11月の全日本大学駅伝も欠場し[12]、箱根駅伝一本に集中することとなる。第100回箱根駅伝では初めての復路となる7区を走るが、区間15位に終わる。チームは10区で10位から11位に順位を落とし、3年ぶりのシード権獲得とはならなかった[13][14]。
実業団時代
大学卒業後はSGホールディングスで競技を継続[15]。