増島城
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金森長近は1585年(天正13年)に三木氏の治めていた飛騨国を攻略して領国とし、本城の高山城および支城の萩原諏訪城、増島城を築いた。増島城の建設は1586年(天正14年)であり、完成すると長近の養子・金森可重が古川城から移って城主となった。
長近が1608年(慶長12年)に没して後継者の可重が高山城に入ると、その長子・金森重近が増島城主となった。可重の死後はその三男である金森重頼が跡を継ぎ、重近は出家して京都に去った。その後は家臣が入ったと思われるが、1619年(元和元年)の一国一城令にともない廃城となって古川旅館と改称し、萩原諏訪城跡の萩原旅館や下原旅館と同様に金森氏の陣屋となった。1692年(元禄5年)に金森氏は出羽国上山藩へ移封され、1695年(元禄8年)に高山城とともに破却された。
