高山城 (飛騨国) 飛騨国高山にあった城 From Wikipedia, the free encyclopedia 高山城(たかやまじょう)は、飛騨国大野郡高山[1](岐阜県高山市)にあった戦国時代から江戸時代前期の日本の城。岐阜県指定史跡。 別名 天神山城城郭構造 平山城天守構造 望楼型築城主 金森長近概要 logo高山城 (岐阜県), 別名 ...logo高山城(岐阜県) 高山城本丸別名 天神山城城郭構造 平山城天守構造 望楼型築城主 金森長近築城年 天正16年(1588年)主な城主 金森氏廃城年 元禄8年(1695年)遺構 曲輪、堀、石垣、土塁指定文化財 県指定史跡 天然記念物(野鳥生息地として)位置 北緯36度8分17.37秒 東経137度15分49.47秒 高山城 テンプレートを表示閉じる 高山城石碑 構造 標高686.6mの城山(臥牛山、巴山ともいう)に築城された平山城で、曲輪、堀、石垣、土塁などの遺構が残る。望楼型2重3階の非実戦的な天守を持つ御殿風の古い城郭形式は、織田信長が築城した安土城の影響を受けたものと見られている。 歴史 室町時代、文安年間 飛騨守護・京極氏の被官、多賀出雲守徳言が天神山城(多賀山城)を築城。 永正年間 高山外記が山頂部に天神山城を築城。付近を高山と呼ぶようになったというが異説もある。 戦国時代 三木自綱が高山へ進出、飛騨を平定、松倉城を築城した。越中の佐々成政と同盟し、豊臣秀吉に対抗したことから、1585年(天正13年)豊臣秀吉の命を受けた越前大野城主金森長近が三木氏を攻め、飛騨を制圧し、飛騨3万3千石の領主となる。当初、長近は鍋山城を居城としたが、1588年(天正16年)天神山城跡を利用して高山城を築城。1600年(慶長5年)までに本丸・二の丸を完成させ、その3年後までには三の丸が整備された。築城と同時に城下町の整備も進められ、高台に家臣屋敷を建設し、下段の三町を町人の町とした。そして京都に倣って東山に寺院を集めた。 1692年(元禄5年) 金森頼旹の出羽国上山藩への国替えにより、高山城は加賀藩主前田綱紀が預かった。 1695年(元禄8年) 幕府領となったため、幕命により高山城は前田綱紀により破却される。 現在は、岐阜県高山市空町城山公園。城跡は県指定史跡であるとともに、野鳥生息地(「高山城跡及びその周辺の野鳥生息地」)として天然記念物にも指定されている[2]。 高山市天性寺町62 法華寺本堂(県重文)は高山城の一郭を移築したものといわれている。 歴代城主 金森家 金森長近 金森可重 金森重頼 金森頼直 金森頼業 金森頼旹 アクセス 鉄道 東海旅客鉄道(JR東海) 高山本線:高山駅下車、徒歩約15分 脚注 [脚注の使い方] [1]「角川日本地名大辞典21 岐阜県」 [2]“高山城跡”. 岐阜県. 2018年9月3日閲覧。 参考文献 高山市教育委員会編『高山市歴史文化基本構想 文化財保存活用計画』高山市、2010年 関連項目 日本の城一覧 高山陣屋 外部リンク ウィキメディア・コモンズには、高山城 (飛騨国)に関連するカテゴリがあります。 Related Articles~TimelinesTop QsFact Checks