壱貫地
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| 壱貫地 | |
|---|---|
| 大字 | |
北緯34度49分30.2秒 東経137度50分08.2秒 / 北緯34.825056度 東経137.835611度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 地区 | 豊岡南地区 |
| 人口情報(2025年(令和7年)8月31日現在[WEB 1]) | |
| 人口 | 1,090 人 |
| 世帯数 | 496 世帯 |
| 面積(2020年(令和2年)10月1日現在[WEB 2]) | |
| 0.6992 km² | |
| 人口密度 | 1558.92 人/km² |
| 郵便番号 | 438-0116[WEB 3] |
| 市外局番 | 0539(天竜MA)[WEB 4] |
| ナンバープレート | 浜松[WEB 5] |
河川
歴史
町名の由来
風土記によると、最初の検地の時の貫高に由来するとされる。古くは細島と称したという[WEB 6]。
沿革
- 江戸時代から1889年(明治22年)まで、現在の磐田市壱貫地にあたる地域には豊田郡壱貫地村が存在した。
- 1868年(慶応4年)5月24日 - 徳川宗家が駿河府中藩に転封。それにともない遠江国内で領地替えが行われ、幕府領・旗本領が消滅。府中藩の管轄となる。
- 1869年(明治2年)8月7日 - 府中藩が静岡藩に改称する。
- 1871年(明治4年)
- 1876年(明治9年)8月21日 - 第2次府県統合により、静岡県の管轄となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、豊田郡壱貫地村が同郡上神増村、同郡神増村、同郡下神増村、同郡惣兵衛下新田、同郡平松村、同郡松之木島村、同郡三家村及び同郡社山村と合併して豊田郡広瀬村となる[WEB 7]。旧村名は広瀬村の大字として残る[WEB 8]。
- 1896年(明治29年)4月1日 - 郡制の施行により、所属郡が豊田郡から磐田郡に変更となる。
- 1955年(昭和30年)3月1日 – 広瀬村が磐田郡野部村及び同郡敷地村が新設合併して、磐田郡豊岡村が発足した。これに伴い、壱貫地は豊岡村の大字となる[WEB 8]。
- 2005年(平成17年)4月1日 – 豊岡村が(旧)磐田市、竜洋町、豊田町、福田町と新設合併して、(新)磐田市が発足した。これに伴い、壱貫地は磐田市の大字となる[WEB 9]。
施設
- 磐田市豊岡中央交流センター
- 磐田市豊岡総合センター
- 磐田市豊岡体育館
- 第一工業 豊岡工場
- 有限会社山本製作所 本社・工場
- 天竜川ラブリバー公園
